2005年7月アーカイブ

 7月7日は七夕。遠距離恋愛の元祖である織姫と彦星が1年に1度出会う日。でも、残念、あいにくと雲模様。天の川など見える訳がない。
 松尾芭蕉が天の川が増水して逢えなくなった二人のことを、逢えたら有頂天になっただろうにと、有頂天に引っ掛けて「七夕の逢わぬ心や雨中天」と詠んだが、そのとおりの七夕になってしまった。
 今はお上品な時代になったので「タチションベン」などと言うと、顰蹙を買いそうだが、我慢に我慢を重ねたうえでジャーと実行する「タチションベン」の快感は、男性のみが得られる感覚であろう。ホント、「良くぞ男に生まれけり」と実感する瞬間である。
 まして、天の川を見上げながらする「タチションベン」ほど、気宇壮大なものはない。まるで、天の川にむかって「タチションベン」をしている心地がする。
 しかし、軽犯罪法第1条の26に
「街路及び公園の他公衆の集合する場所でたんつばを吐き、又は大小便をし若しくはこれをさせた者」は拘留又は科料に処するとある。軽犯罪法は刑法であるから「タチションベン」をした人又はさせた人は、前科のある犯罪者となる。
 だけど、である。犬を散歩させている人を見ると、犬の糞は取っていくが、犬のオシッコは拭き取ったりせづ、させ放題。オマワリさんが見ていてもそしらぬ顔である。しかし、人間の「タチションベン」はダメで犬はいいと言うのは、法の平等の精神に反するのではないか。
 だから、私は気宇壮大な「タチションベン」をしている時に、オマワリさんに捕まっても、この高尚なる理論構成のもと、トクトクと説明すれば無罪放免になると信じている。だから、遠慮なくジャーとやる。(ただし、女性が横にいる場合を除く)
 
 ところで、私が勤めている北九州市の「南丘市民センター」は、小さな川だけど、ホタルで有名な小熊野川という川の横にある。そこで、「小熊野川を天の川に」のキャチフレーズのもと、市民センターを利用している人や子供たちに、願い事を書いてもらい、七夕だから7本の七夕飾りをすることになった。
 そこで、私も短冊に願い事を書くことにした。大人になって七夕に短冊を書くなんて風流なことをするのは初めてである。願い事なら、掌からこぼれるほどある。しかし、厳選のうえ、格調高く七夕にちなんで7つの願い事を書くことにした。
「うっすらハゲ模様がすっかりハゲ模様になりませんように」
「UFOに遭遇しますように」
「7番目の初恋の君に再会しますように」
「昨日の晩ごはんのおかずをスラスラと女房に言えますように」
「夜、オシッコに行くのは1回だけですみますように」
「美人でないフツーの女性でも、顔と名前が一致しますように」
「家の用事は“アソコ”と“アレ”と“コレ”だけで全て事たりますように」
 私、67歳。これ全て、切実な願い事ばかりである。だから、有言実行の私は、この7つの願いをかけながら天の川を見上げ気宇壮大な「タチションベン」をしたのは言うまでもない。それも、2回も‥‥。
 だって、たった1回の「タチションベン」では、7つもの願い、となえられないでしょ。

 第9回手塚治虫文化賞のマンガ大賞に浦沢直樹の「PLUTO」が選ばれたが、今回の受賞作は「鉄腕アトム」の「地上最大のロボット」をリメイクしたものだそうである。 
 こう云ちゃなんだが、私はむかし昔その昔からアトムファンである。私の息子を膝に抱えてTVのアトムを見たのがウンのつき。子供はさっさとアトムを卒業してしまったが、私だけが落ちこぼれ今だに卒業できないでいる。
 そういう訳で、あまり大きな声では言えないが、私の愛蔵書の中には、1975年に朝日ソノラマから発行された「鉄腕アトム全集21巻」と1977年に講談社から発行された「手塚治虫全集100巻」がある。
 「地上最大のロボット」は、「鉄腕アトム全集」第3巻に載っていたが、昨日の晩ごはんのおかずも覚えていないほど落ちぶれてしまっている私にとって、30年前に読んだマンガのストーリイを思い出せと言っても、夢のまた夢である。
 それで、さっそく原作を読んで、
「ウーン、古くて新しい。ヤッパ、手塚治虫!!!」と改めてファン熱をアップ。これを浦沢直樹がどう料理したのかと,「?」付で「PLUTO」を買った次第である。
 ところが、驚いたのなんのって、リメイクしたものと云えなくはないけれど、まったく新しいマンガに変身!!!
 エライものである。「PLUTO」はまだ2巻しか出版されていないけれど「乞う、ご期待」感がいっぱい。
 私がアトムが好きなのは、ストーリー性が高いのと、ほのぼのとしたユーモア、それと夢あふれるところにある。一方、浦沢作品は、アトムよりストーリィテーリングは長けているかもしれないけれど、ユーモアに欠ける。チョッピリ残念。
 手塚治虫が亡くなったのは1989年2月。その年には「手塚治虫夢ワールド」という展覧会が開かれ、最近でも2003年に展覧会が開かれているが、アニメを最後に見たのは、亡くなった年の7月に東京・高田馬場にある映画館「ATCミニ・シアター」
 この映画館は、「鉄腕アトム全作品一挙上映会」と称して1963年からTVでスタートしたモノクロ版のアニメ193話の内、残存している181話を1日に4話、1ヶ月半かけて連続上映した所である。
 映画館と言ってもは小さな小屋みたいな所で、椅子はなく板張りである。そこに30人位の人が座り込んで見る。でも、見終わったら拍手がいっぱい。私が映画館でスタンティングオベレーションをやったのは、ここが最初で最後。
 アトムが活躍していたあの時代、アトムが言っていた「愛と平和と正義」は、共感をもって受け入れられていたし、そして、それがアトムの魅力のひとつともなっていたのである。
 しかし、アトムが宇宙の彼方に消え、それと共に「愛と平和と正義」も消えてしまった。今の時代、「愛と平和と正義」と言っても、そらぞらしく空しく聞こえるばかりである。
 アトムを過去の遺物としないように、その意味から言っても、浦沢直樹の「PLUTO」は意義があるといえるかもしれない。

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