私、1938年生まれ。寅年で獅子座で名前も『荘八』といかめしいけれど、ホントのところは『借りてきたネコ』みたいなものである。
そんな私が、華の単身生活を送ってきた花の東京から、幸か不幸か1990年には九州に戻ってきたものの、1992年には又もや幸か不幸か、大阪に転勤することになってしまった。
それを聞いてうちのかみさん
「それは大変。困ったわ」と言うものの、顔見りゃニコニコしている。どう見たってあれは
『亭主、元気で留守がいい』という風情である。
それに、ただ一人家に残っている三男が
「おふくろが親父と一緒に行ったら、僕のメシはどうなる?」などと、のたまうものだから、うちのかみさん
「大丈夫。私、大阪には行かないから」と、これ幸いとばかり親子でエールを交換している。
そりゃ、いくら私が『借りてきたネコ』と言っても、うちのかみさんには、ここは矢張りハムレットの如く
「愛する夫に付いて行くべきか、我が子の面倒を見るべきか、これは問題である」とシンコクに悩んでもらわなければならぬ。
それが「大丈夫。私、大阪には行かないから。アッケラカン」では、私の立つ瀬がないというものではないか。
2006年8月アーカイブ
私が一番きれいだったとき 茨木 のり子
私が一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした
私が一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった
私が一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった
私が一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った
私が一番きれいだったとき
わたしの国は戦争に負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
私が一番きれいだったとき
ラジオからジャズが溢れた
禁煙を破った時のようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった
私が一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった
だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
ね
※ 茨木のり子・・・・1926年~2006年 標題の詩は1958年発刊詩集「見えない配達夫」から
ようやく、ながーーーくって、つらーーーい梅雨が終わった。
全国あちこちで被害が続出。その地区の長老が異口同音に
「こんな水害は生まれて初めて・・・」と絶句。被害に合われた方々の絶望感を思うと、心が痛む。
しかし、ここ数年というもの、雨や雪や台風の被害が、毎年大きくなっていくようである。
かって、雨は「しとしと・・・」と、雪は「しんしん・・・」と音もなく降っていたものである。ところが、いまや雨は「バシャバシャ!!!」と、雪は「ドカドカ!!!」と情け容赦なく降るようになってしまった。
そして、詩人 八木重吉が書いた詩「雨」のように、静寂でいて心がきらめくような世界は、幻となりつつある。
雨がふってゐる
雨がふってゐるけれど
すこしもきこえない
雨はみえるきりだ
雨をみゐると
こころが かがやいてくる
また、1953年に上映されたミュージカル映画の傑作「雨に唄えば」で、ジーン・ケリーが雨の中を傘をさして踊りながら唄った主題歌「Singin’the Rain」のように
雨に唄えば
弾む心 よみがえる幸せ
黒い雲に笑いかければ
心には太陽 愛が芽生える
と、雨に歌い踊って、心華やかになっていた時代もあったのである。
ところが、時代は進み、科学の進歩に比例して、自然もそれに抵抗するために進化し、今や、雨は獰猛に人間に襲いかかるようになってしまった。
地球が誕生したのは46億年前。この46億年前から現在までを1年と考えて作られた地球カレンダーを見ると、恐竜が出現したのが約2億5000年前、地球カレンダーでいうと12月13日頃。現生人類といえるホモ・サビエンスの出現が12月31日23時37分頃ということで、人類が誕生して、まだ、たったの23分しかたっていないのである。
地球が、46億年という途方もない年月をかけて営々と築き上げた資源や自然を、地球カレンダーで言えばたったの23分で、人類は浪費し破壊しつつあるのである。
だから、はるか宇宙の彼方のナンジャモンジャ星雲のチチンプイプイ星人から
「宇宙の貴重な星・地球を、自ら住めなくなるようにしているヒト科の生物は、なんたるアホ!!! 生かしてはおけぬ」と啖呵をきられても、致し方ないかもしれぬ。
だけど、時計の針を巻き戻すことは不可能だから、今から出来るのは、地球が悪化していくスピードを遅くする位であろう。
しかし、人間が、なんとか地球と折り合いをつけて生き永らえたとしても、太陽はあと50億年後・・・地球カレンダーで言えば、あと1年後にはその命を終えるそうである。そして、残念ながら、地球も今から早くて10億年後・・・地球カレンダーで言えば、あと3ヶ月後には、太陽の温度が上がり人間が住めなくなるそうである。
そうなりゃ、大変である。しかし、その頃は、カシコイ地球人のことだから、アカチパラチー星雲のスカンピン星にでも引っ越すことになるであろう。
しかし、地球人全員を引越しさせるのは難しいだろうから、当然、人選しなければならぬ。そうなると、コンピューターで無作為に選ぶといっても、アタマのいいハッカーが出てきて、自分が選ばれるようにインチキするだろうから、公平を期するために、インチキが絶対に出来ないようにジャンケンの勝ち抜き戦か、アミダ籤で選ぶことになるに違いない。
しかし、私は勝負事に弱いから、ジャンケンの勝ち抜き戦には負けるような気がしてならない。そうかと言って、クジ運も悪いから、アミダ籤にも当たらないかもしれない。そうなると、ホント、心配で、心配で・・・・・・。
エッ? 何? お前はその頃は死んでいるのだから、何も心配することはないだろうって?
ウーン、そうか、3ヶ月後というのは地球カレンダーで、実際は10億年後か・・・。そう言われれば、生きている訳ないよな。ウン、心配しなくってもいいんだ。ヤレヤレ・・・・。
※ 八木重吉 ーー 1898年~1927年。「雨」は詩稿「木と ものの音」に掲載された。