年末年始にかけてのNHKTVの音楽番組では、私、大満足。
見たのは31日の「紅白歌合戦」に1日の「ウイーン・フィル・ニューイヤーコンサート」に2日は寺尾聰と小泉今日子が出演した「SONGS」。それと3日は「ニューイヤー・オペラコンサート」
今年の紅白には、今が旬の中島美嘉や倖田來未に絢香、それに私の好きな平原綾香とか今井美樹やDREAMS COME TRUE、ブルースを歌わせたらピカイチの和田アキ子が出て熱唱。これで女性軍が勝つた思っていたら、なんと男性軍が勝ってしまった。
私は男性なので、女性歌手の方は歌がうまいとかハスキイボイスとか美人とか可愛いとかお洒落とかピチピチプリンとかボイーンとか露出度が大きいとか足がきれいだとか足の跳ね度が大きいとかお尻のフリ度が大きいとか、好きになる理由は次から次に際限もなく出てくる。でも、男性歌手の方は、歌がうまいから好きという位で、外に好きになる理由はナーンニも出てこない。
だから、私は男性だけれど、好きな歌手が多い女性軍が勝って欲しいと思うのも、当然であろう。でも、紅白で男性が男性を応援するのが当然というような演出になっているが、あれって、おかしいんじゃない?
私のように、客観的な広い視野をもって価値判断をし、しっかりと歌手を見て女性が勝ちと判断する視聴者もいるのに、である。・・・ ン? 何? 歌がうまいかどうかで決めるべきで、ソーハチさんのようにH度いっぱいの判定はおかしいって ・・・ エ? 女性ってそんな見方をするの? Hだなんてとんでもない。それって偏見。私は、ただ素直に見たことを云っているだけなのに・・・。
そういう訳で、男性の出番の時は、マジマジ見ていないものだから、DJ OZMAのあの決定的瞬間は見のがしてしまった。ホント、残念である。
だけど、NHKってマジメなんだ。一生懸命に「ごめんない」とお断りしていた。でも、TVを見ていたサイレント・マジョリィティは
「ヤッた!!!」とニッコリしたに違いないのである。紅白ってお祭りでしょ。日本はジョークがあまり通じない国だけれど、カターク考えずに笑い飛ばしてユルークいきましょう。
1日は恒例のウイーンフィルのニューイヤーコンサート。お懐かしのズービン・メーターの指揮で、ニューイヤーの雰囲気がいっぱい。楽しく心も踊って、毎年、このコンサートを聴くと、「ああ お正月」って実感。
そして、2日の「SONGS」。寺尾聰は都会の雰囲気を持つ歌手だけれど、お目当ては寺尾聰のトークの相手となった小泉今日子。実は、私、小泉今日子の大ファンである。
和田誠の監督で「怪盗ルビー」という映画が1988年に上映されたけれど、この映画で怪盗ルビーに扮して主演したのが彼女だったのである。
この映画は、洒脱な文章を書くミステリイ作家ヘンリィ・スレッサーの原作を映画化したもので、そのうえ、ノホホンとしてホノボノとした絵を描く私の好きなイラストレーターの和田誠が監督した映画である。だから、それにつられて見に行ったのだけれど、たちまち小泉今日子のファンになってしまた。
この映画は、ブルーリボン賞を受賞したお洒落で素敵な映画だったが、あんなアイドル歌手を主役にするなんてと「?」付で見に行ったところ、見終わったら、逆に彼女を起用した和田誠に「さすが・・・」と感服してしまった。
それ以来、彼女の雰囲気と歌う声のトーンが大好き!!! になってしまったけれど、彼女に曲を提供しているのが、大滝詠一・高見沢俊彦・奥田民生・井上陽水・小室哲哉等のそうそうたるメンバーが多いということを考えると、
「どうして和田誠が?」
「どうして寺尾聰が?」と、彼女を指名したのか分かるような気がする。
この「SONGS」の番組の中で、寺尾聡が
「最近は映画ばかりに出ているけれど、歌の方もボチボチどう?」 と彼女に云っていたが、私も、いや、彼女のファンもそう思っているにちがいない。
彼女が歌う大人の歌を聴きたいと思う。
2007年1月アーカイブ
男と言う人種は、酒場に行けば女にモテルと信じているが、私は酒が飲めないばかりに酒場にも行けず、かくして女性にもさっぱりエンがない。
そこで、甘党の私が行くのは、ぜんざい屋さんということになる。勿論、ぜんざい屋さんには女性がいっぱい。しかし、男は私一人きりというのに、
「ネ、あの人、一人で来ているよ」と胡散臭い顔をして、私の方をチラチラ見る。女の中の男一匹は、モテルはずなのに、どうもぜんざい屋さんでは、効果を発揮しないらしい・・・などと、私がボヤクと
「酒と女なくして何の人生か」と、哀れみの目で私を見る。ホント、その通りである。人生、楽しみがなくちゃ生きてはいけない。
私が、ずっと若くって夢溢れていた頃は、山に登るとピチピチプリンの若い女性がワンサカいたのである。だから、女性にエンのない男どもは、
「そこに山があるから」山に登るのではなく
「そこに女がいるから」と言って、下心付きで山に登ったものである。
12月31日の「ゴーン」という108番目の除夜の鐘で、2007年もハッピイにオープン!!!
除夜の鐘を聞いて、108の煩悩を取り除いてもらい、清らかな心で新年を迎える。
そして、まずは
『あけましておめでとうございます』
と、云っても、人生にまだまだ先があった頃とは違い、人生のENDマークに向かってカウントダウンが始まっている私にとっては、小林一茶が詠った
「目出度くも中位なり おらが春」の方がよく似合う。
でも、1月1日といっても、物理的には昨日と同じフツーの日なのに、お正月って不思議な日である。
除夜の鐘を聞くと、108の煩悩が何故かdeleteキイを叩くようにパット消えるし、
初日の出を拝むと、何故か「バンザイ」を絶叫したくなるし、
いつもはジーンズなのに、何故かおしとやかになって初詣には着物を着て、彼の目をトローンとさせるし、
ケチな親が、何故か大枚のお年玉をはずむし、
ホント、こんな不可解なことが起きるのは、あれもこれも、みんなお正月だからである。
「物は考えよう」という諺があるけれど、人間って動物は気分次第、考え方次第で、どうにでもなる動物であるにちがいない。
朝日新聞が昨年末にbeモニターにアンケートをして、2612人から回答を得た結果が新聞に掲載されていたが、来年はいい年になると答えた人が、なんと5割もいたそうである。
しかし、beモニターの人達は、
「設備投資がアアなって、貿易黒字がコウなり、その他モロモロの指標はコッチを指しているので、来年の経済成長率はキンキラキンとなる」なんて、もっともらしいことを考えて、来年はいい年になると答えた人はいないであろう。
多分、
「いつもニガ虫をつぶしたような顔をしている社長が、ニコニコしているから」とか
「イブの夜、身も心も、ときめいたから」とか
「勉強お留守の我が子が、塾に行くと言い出したから」とかいう理由で、来年はいい年になるかも、と思ったのに違いないのである。
しかし、そうは云っても「物は考えよう」だから
「従業員の給料を上げたら儲けが減り、イザという時に困るので、従業員は生かさず殺さずの精神でいこうと、社長は考えているに違いない」とか
「イブの夜、あれって、ひよっとしたら最初で最後?」とか
「私たち親のこと考えたら、塾に行ったって成績上がる訳ないわよね」とか、考えてはいけない。
「物は考えよう」だけれど、いいことは素直に受け止めて、失敗やいやな事が起きた時はプラス思考で切り抜けて「森そーはち」さんのホームページでも開き、夢のある1年にしようではありませんか。
何故って、このコラム「夢旅人」なんですから・・・。
では、今年もよろしくお願いします。
※ このホムページの「不動産コンサルタント」の「業務案内 ・ ご挨拶」のページの末尾に、私の今年の年賀状を載せていますので、是非読んでください。