2008年10月アーカイブ

 スッゴーイ。ノーベル物理学賞と化学賞を日本人が受賞。
 日本人って、なんて偉いんだと思ったけれど、文化勲章を貰っている人は1人だけだし、2人はアメリカに住んでいるということなので、
「エ? 日本にそんな偉い人がいたの」って感じである。
 ノーベル賞って、世界で最高の賞でしょ。その賞を貰う人が、我がニッポン国の最高の賞である文化勲章を貰っていないのは
「何故?」って気がするけれど、これって、我がニッポンという国は、お金持ちはエライと思われていても、学者は二の次とされている証拠かもしれない。
 アメリカって国は、ドンパチ好きの戦争輸出国家だと思っていたけれど、しっかりウン10年も前に、日本からノーベル賞級の頭脳を引き抜きぬいているって、さすがスゴイ国だと、再認識。
 それに比べると、我がニッポン国はお粗末。先月辞職したオエライ大臣が、「悪いのは人のせい」にする政治家の習性に従って、つい、
「我が国の教育をダメにしたのは日教組」と云ったけれど、わが国の教育行政自体が問題だったのじゃないかという気がする。
 日本の教育レベルは、世界でも最高級と信じていたけれど、新聞に載っていたノーベル賞の物理・化学・医学生理学部門の国別受賞者は、アメリカが224人で2位のイギリスが75人、3位がドイツで68人、以下・・・で日本はたった12人。世界で9位というサンサンたる有様である。
 ニッポンのオエライさんが、いかに本当の偉い人達を粗末にしているかということが歴然としているようで、我がニッポン国の優秀な頭脳が海外に流出していくの仕方ないことかもしれぬ。
 わがニッポン国は、経済一本槍で進み「お金が全て」国家となってしまったようである。そして、教育をないがしろにした結果、親子の関係が崩れ、地域の連帯感は薄れ、企業は節度を失くし、社会はギスギスと音を立てるようになってしまった。
 昔むかしその昔「お金はなくても心は豊か」と云える時代があったけれど、いまや「お金がなければ心もしぼむ」時代となってしまったようである。
 ウーン、だから、ここらで我がニッポン国も、ビッグバンして再出発。教育大国となって、安い労働力を呼び寄せる国ではなく、優秀な頭脳を呼び寄せることが出来るような国になって欲しいものである。 
 
 ところで、物理学賞を貰ったのは、ビッグバンで宇宙が誕生した時に出来たクォークを解明した功績によるものらしい。
 私は、自慢じゃないが、宇宙大好き人間なので、なみなみならぬ関心を宇宙に持っている。
 だから、宇宙が誕生する前はどんな世界だったのか、宇宙は膨張しているというのなら、宇宙と宇宙の外との境の壁は何で出来ているのかとか、宇宙の外はどんな世界なのか、宇宙の外のそのまた外はあるのかと、疑問が次々と湧き出て尽きるところをしらぬ。
 そして、この地球という星は、今から50億年後には太陽とともに燃え尽きるという話を聞くと、森そう八家の子孫は、無事この星からはたして脱出できるのだろうかと、心配でたまらない。
 こんなに真剣に真摯に宇宙の誕生や、この星の行く末について考察を重ねているのだから、科学者優遇政策を打ち出した我がニッポンのオエライさんが、この私に
「宇宙の生成・消滅について研究してください」と、研究費をポンと出してくれるないかなァ・・・。
 でも、その位のことをやる度胸がないと、アメリカには追いつけないと思うよ。きっと。

秋がいっぱい

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 昔むかしその昔、人生にはまだまだ先があったあの頃、私はピチピチプリンと女性がはじけて輝いていた夏が大好きだったけれど、もう、たそがれ時を迎えて、夏からテイクオフしてしまった。
 春は眩しくきらめいて華やかだけれど、もう主役にはなれず傍観者。冬は、雪にはしゃぐ気分も消えうせて、身も心も冬ごもり。
 だから、好きなのは秋。
 我がニッポンのオエライさんのそのまたオエライさんであった前ソーリは『一葉落ちて天下の秋を知る』とシミジミ悲哀を感じているだろうし、つい心にもないこと・・ン?訂正、心にあることをしゃべってクビを取られた中山ナニガシ大臣は『物言えば唇寒く秋の風』と、フイにした大臣の座を惜しんでいるだろうけれど、私にとって『一日千秋』の想いで待った秋である。
 だって、『天高く馬肥える秋』でしょ、『秋の味覚』のとうもろこしや焼き芋や栗に柿に・・・以下紙面の都合により略・・・などをパクパク食べて、『秋茄子は嫁に食わすな』とは思っていても口には出さずに、秋茄子や秋刀魚をおいしくいただき・・・ホント、メタボなんてあっち向いてポイ気分である。
 それに、秋といえば『紅葉狩』である。そこで、ひよっとして素敵美人に巡り合い、『秋の日はつるべ落とし』だから、『中秋の名月』などめでようと、手に手を取って夜の部に誘ってと・・・下心付で出かけなければならぬ。
 ても『女心と秋の空』と言うから、あっち向いてポイされるかもしれないけれど、『秋の夜と女の心は七度変わる』というから、マ、いいか気分でヤッパ紅葉狩りには行った方が良いであろう。
 そして『芸術の秋』。今、北九州市立美術館で「中山忠彦」展があっているので、これまた見に行かねばならぬ。
 と、ある女性に話したら「それって永遠の女神展というキャッチフレーズのある展覧会でしょ。そう八さん、目の保養に行くんだ」と言う。それは大いなる誤解である。
 私は、美人愛好者ではなくって美術愛好者である。痴性と狂養・・・ア、これ変換間違い・・知性と教養を誇る私は、純粋な美的鑑賞眼で華麗に描かれた女性像を見に行くだけであって・・・。
 「ウフフ」って何で笑うの? ホント、失礼なんだから・・・。
 それから『読書の秋』。でも、机の横にはツン読された単行本が8冊もある。おまけに毎月取っている「ミステリマガジン」も7月号から読んでいない。もう、本を見ただけでゲップが出そうだから、『読書の秋』なんてあっち向いてポイしたいけれど、知性と教養を誇る私が、そんなことをしたら、
『秋深し、隣は何をする人ぞ』と疑惑の眼差しで見られるかも知れぬ。
 ホント、『悩み深き秋』なんだなァ・・・。

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