2004年06月15日

雨に涙しても

 6月、梅雨の真っ盛り。雨に濡れた樹木の緑が鮮やかに映えて、心も洗われるような気がする季節である。
 そして 6月はジューンブライド。しかし、ハッピイウエデイングをする人の影にかくれて、雨に涙する人もいるはずである。そう、6月は失恋の季節でもある。
 でも、よく考えてみると、恋に破れたということは恋をした証拠である。
 恋愛あこがれ症候群の人達からみると、
「なんとうらやましい。失恋してもいいから、一生に一度の恋をしてみたい」ということになるにちがいないのである。
 恋をして心の優しさを知り、恋を失って心の痛みを知る。しかし、心の痛みを知ってこそはじめて、本当の意味での心の優しさが分かるのである。恋を知り恋を失い、そして人は大人になっていくのである。
 それに優しさだけでは生きてはいけないし、痛みだけで生きていくのは悲しすぎる。だから、
「にくいあんちくしょう」と思うより、
「素敵な想い出をありがとう」と思う方が「恋の正しいエンドマークの打ち方」となるはずである。そして、それがあなたを心ゆたかな人にするにちがいないし、心ゆたかな人こそ、また夢を実現することができるのである。
「エ? なに? それなら、失恋するために恋をしようってーー」
 ウーン、そういうことではないんだけどなアーー。

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2004年06月01日

誰かが誰かに恋をして

 6月はジューンブライド。街のあちこちでウエデングベルがキンコンカンと鳴り響き、しあわせマーチがピッカピッカに輝いて幸せあふれる季節となる。
 恋にはそれぞれのストーリイがあって、そのハッピイエンドが結婚となる訳であるが、映画やTVではこのエンドマークで終わりをつげてしまう。しかし、人生というストーリイの第2章はこれから開くのである。
 しかし、よく考えてみると、星の数ほどいる男女の中で、
「このひと!!」という相手にめぐり合うのは至難の業である。3億円の宝クジに当たるより難しいといっていいのかもしれない。それにラブストーリイ進行中であれば《あばたもエクボ》となるが、エンドマーク後とならば《エクボもあばた》となってしまい、今「このひと!!」が将来「あんなひと!!」になりかねないのである。
 だけど、将来にわたって「このひと!!」的相手になるかどうかは、今は分からない。だから、ミステリイ作家ディック・ロクティが《眠れる犬》の中で
「おれは結婚したことがる。1度ならず3度まで。1回目は若き日の過ち。2度目は中年の好奇心のためだ。3度目はーーそう、3度目はいわば老年期の愚行で、おれは貴重な人生のうちの10年を奪われ、貴重な経験をえた」と、書いているようなことが起こるかもしれないのである。
 だけど、それが人生というものであろう。「絶対ガチガチ本命このひと!!」的相手に巡り合うなんてことは、ハレークインの世界にしかないと思えば、
「ウーンまあまあこのひと!」的相手であっても素敵と思って結婚し、人生賭けてみることである。
 そう、結婚はラブストーリイのエンドマークではなく、人生のクラン・クインなのだから。

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