2006年08月15日

わたしが一番きれいだったとき

 私が一番きれいだったとき         茨木 のり子

 私が一番きれいだったとき
 街々はがらがら崩れていって
 とんでもないところから
 青空なんかが見えたりした

 私が一番きれいだったとき
 まわりの人達が沢山死んだ
 工場で 海で 名もない島で
 わたしはおしゃれのきっかけを落してしまった

 私が一番きれいだったとき
 だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
 男たちは挙手の礼しか知らなくて
 きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

 私が一番きれいだったとき
 わたしの頭はからっぽで
 わたしの心はかたくなで
 手足ばかりが栗色に光った

 私が一番きれいだったとき
 わたしの国は戦争に負けた
 そんな馬鹿なことってあるものか
 ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた
 
 私が一番きれいだったとき
 ラジオからジャズが溢れた
 禁煙を破った時のようにくらくらしながら
 わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

 私が一番きれいだったとき
 わたしはとてもふしあわせ
 わたしはとてもとんちんかん
 わたしはめっぽうさびしかった

 だから決めた できれば長生きすることに
 年とってから凄く美しい絵を描いた
 フランスのルオー爺さんのように
                    ね

※ 茨木のり子・・・・1926年~2006年  標題の詩は1958年発刊詩集「見えない配達夫」から

投稿者 荘八 : 2006年08月15日 00:00

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