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<title>夢旅人</title>
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<modified>2008-12-02T14:03:18Z</modified>
<tagline>不動産コンサルタント・森 荘八のホームページ</tagline>
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<title>ウーン　もうダメ！！！　Ｐａｒｔ２</title>
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<summary type="text/plain">　朝日新聞が月に１度、色々な事象について各界の有識者１００人に聞き、それを紹介す...</summary>
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<![CDATA[<p>　朝日新聞が月に１度、色々な事象について各界の有識者１００人に聞き、それを紹介する「ワンハッドレット　アンサーズ」という頁がある。その１１月３０日版に『定額給付金　効果ある？』が掲載された。<br />
　Ｑ１は『定額給付金をもらえたらうれしいですか』の問いに、はいが１５人、いいえが６３人、その他が１８人、無回答が４人だったそうである。<br />
　私は、タダで貰える物はなんでも貰う主義なので、有り難くおし頂くのだけれど、定額給付金ってのは、我がニッポン国が儲けたのでシモジモの国民にボーナスとして出してあげよう、という訳でもないみたいである。だから、そんな私でも<br />
「これって、何？」と思う位だけど、アンケートの結果を見ると、どうも皆さん、同じような考えらしい。<br />
　Ｑ２は『ここに２兆円あります。公平に分ける方法を考えてください』という問いである。回答を寄せた中から、２２人の方々の回答が紹介されていた。<br />
　その中で、私好みのとっても素敵な回答があったので、紹介したい。こういう感性を我がニッポン国のオエライさんが持っていたら、きっとどんよりした曇り空が青空に変わると思うんだけどなぁ。<br />
　黒沢清（映画監督）－－－国民全員に宝くじ券を配って、１等１億円にする。２兆あれば２万人に当たる<br />
　杉本博司（現代美術家）ーーー空から現金をばらまく<br />
　藤崎圭一郎（デザインジャーナリスト）－－－そんなことサンタさんしかできません<br />
　ウン、そうなんだ、納得。我がニッポン国のオエライさんは、サンタさんじゃないもんね。<br />
　ウーン、もうダメ！！！</p>

<p>　ところで、１１月は私にとって、イヤーな月である。とんでもない月である。出来たら逃げ出したい月である。<br />
　というのは、１１月は「マンション管理士」試験の月。恒例によって５度目の受験である。どうして恒例かというと、モチ４回不合格だったから、受験は恒例行事となっているのである。<br />
「ア、そう八さん、アタマ悪いんだ」なんて云ったら困る。それは間違い。大いなる誤解である。<br />
　と、言うのは、私の知っている所から出題されたら、ミーンナ回答できるのに、何故か、私の知らない所からばかり出題されているのである。どうも、私は運が悪いらしい。３億円の宝くじに当たらないはずである。<br />
　マンション管理士の試験は，民法・区分所有法・不動産登記法・都市計画法・建築基準法などマンションに係る約２０の法律の中から出題されるので、参考書など読むと、３月から計画を立てて勉強しなさいと書いてある。<br />
　だけど、賞味期限寸前の私などは、いくら記憶しても１ヶ月も経てば自動的に消却されるようセットされているので、３月から勉強したって無意味である。だから、１１月が受験勉強の月。<br />
「また、試験を受ける。だから、１１月はお付き合いダメ」と、内外に意気揚々と宣言すると、私の友人は、皆、心優しい人たちばかりだから、<br />
「いい年して、合格する訳ないのに、アホみたい」なんてことは、いくら心に思っていても口には出さず、<br />
「また、受験するの？　偉いわねェ。頑張って！！！」と励ましてくれる。<br />
「そう八さん、大丈夫。きっと合格するわよ」と誰も言ってくれないのが、引っかかるけれど、私は素直な性質だから<br />
「ウン、頑張らなくちゃ！！！」と、受験勉強にとりかかった次第である。<br />
　だけど、なんたって賞味期限寸前の頭である。<br />
　２時間もたてば、鼻をほじくりたくなるし、オシッコにも行きたくなるし、眠気覚ましにコオヒイも飲みたくなるし、ＴＶ番組も気にかかるし、読みかけのミステリイの続きも気になるし、やりたいことが次から次へと出てくる。受験勉強どころの騒ぎではないのである。<br />
「人生は短し。されど女性は多し」という訳で、私は忙しい。<br />
　と、アットいう間に１１月３０日がやってきた。この試験は合格率７％という国家試験の中でも難しい試験だから、皆敬遠すればいいのに、何故か受験者がワンサといる。<br />
　指定された試験場に入ると、この部屋は１００人が定員。たった７人しか合格者は出ないのか、とオカワイソウと思うけれど・・・ウーン、よく考えればオカワイソウなのは私である。フン！！！だ。<br />
　定刻より３０分前に部屋に入ったら、皆、真剣に参考書と睨みっこしている。私は、なんたって試験ずれしているから、皆を観察する。<br />
　いるいる！！！　私のようなお年寄りが二人。「すっかりハゲ模様」の人が１人、「チョッピリはげ模様」の人が１人。でも、あとは「髪の毛クログロ、顔秀麗」とてもじゃないが賞味期限なしの人ばかりである。こりゃ、勝負にならないと気落ちするけれど、<br />
「人は見かけによらない」と、私はなけなしの７人に仲間入りした気分で受験することにする。<br />
　モチ、私は正解と思ってマークシートに印を付けて、これで１００点と確信するけれど、試験官とは、何故か見解の相違があるみたいである。<br />
　合格発表は来年１月１６日。<br />
　ウーン、もうダメ・・・？<br />
　</p>

<p>、<br />
　</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>ウーン　もう、ダメ！！！</title>
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<modified>2008-11-14T13:46:39Z</modified>
<issued>2008-11-14T15:00:52Z</issued>
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<created>2008-11-14T15:00:52Z</created>
<summary type="text/plain">　秋である。悲しみの秋である。哀れみ感じる秋である。ションボリする秋である。苦し...</summary>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　秋である。悲しみの秋である。哀れみ感じる秋である。ションボリする秋である。苦しみの秋である。怒りの秋である。悔しさ100倍の秋である。歯軋りして口惜しがる秋である。とかくこの世はままならぬ秋である。西武ナニガシというチームなんかあっち向けポイの秋である。<br />
　そう、我が愛するジャイアンツが何故か、オジャン！！！<br />
　敗軍の将、兵を語らず。私は云うべき言葉をなくしてホロホロホロホロ・・・。<br />
　ウーン、もう、ダメ！！！</p>

<p>　ジャイアンツが負けるなんて信じられないような摩訶不思議な出来事が勃発して、私、驚天動地したけれど、世の中もひっくり返るような大騒ぎ！！！<br />
　どうも、わが国のオエライさんが、国民の皆様にまるっきりタダでお金をくれるらしい。　<br />
　私は、お金っていうものは、物を作ったとか物を売ったとか働いたとか、何かをした見返りに貰うものだと思っていたが、どうも、ナーンニモしないのにタダでお金をくれるらしい。<br />
　昔むかし、ニッポン国が貧しかった頃、乞食をならわいとする人が居て、ボロを纏い道路にすわっていたら、通る人が<br />
「お可哀想に・・・」と、お金を恵んでいたことがある。これが、唯一、ナーンニモしないでお金を貰える人と思っていたら、とんでもハップン、私、乞食ではないけれど、私にもタダでお金をくれるとのことである。<br />
　賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライさんのことだから、国民の1億総乞食化を企んでいるとは思えないから、しもじもの国民がビンボーしているのを見て<br />
「お可哀想に・・・」と思って慈愛の心を発揮したのに違いない。<br />
　そりゃ、私はチョッピリビンボーだから、ありがたく貰えるものは貰うけれど、賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライサンは、パッパと使えとの仰せである。<br />
　私、お金をパッパと惜しげなく使ったことなんてないけれど、賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライさんの云うことだから間違いないと思うので、今回は恐る恐る惜しげもなくタダでくれたお金を、パッパと使おうと思っているけれど、<br />
「コレって、何？」って感じである。<br />
　私は、チョッピリビンボーとはいえ、タダでお金を貰わなくっても、なんとか生きていけるから、スッゴクビンボーな人にプラスして上げたらいいと思うけれど、賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライさんは、平等の精神が優先し助け合いの精神はどこかに置き忘れてきたものと思われる。<br />
　昔むかし、向こう三軒両隣でお互いに支えあって生きていたものだけれど、いまや私は私、他人は他人の時代となってしまった。<br />
　それに、景気が悪くなったら「首切り反対」のデモやストが起きていたものだけれど、みんな自分が大切だから、首をすぼめて過ごすしかないような環境になっているようである。<br />
　我々しもじもの国民は、パッパと気前良く使わせていただいても、明日はクビになるかもしれないという心配は消えないし、商店やサービス業の人たちは、一時は売り上げが上がってもすぐ元通りになるだろうという心配は消えないし、製造業の人たちは、パッパの打ち上げ花火は対岸の花火にしか見えないに違いない。<br />
　賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライさんのことだから、2兆円もあれば、我々しもじもの人間が途方にくれている雇用とか医療や介護とか教育の分野に希望が持てるような方法を考えてくれると思っているのだけど・・・・。<br />
　ウーン　もう、ダメ！！！</p>

<p></p>

<p></p>

<p><br />
　<br />
</p>]]>

</content>
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<title>バンザイ　ばんざい 万歳だけど・・・Ｐａｒｔ２</title>
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<modified>2008-11-13T02:05:32Z</modified>
<issued>2008-10-31T15:00:50Z</issued>
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<created>2008-10-31T15:00:50Z</created>
<summary type="text/plain">　バンザイ！　ばんざい！！　万歳！！！　ジャイアンツ優勝！！！！ 　我が森そう八...</summary>
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<name>荘八</name>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　バンザイ！　ばんざい！！　万歳！！！　ジャイアンツ優勝！！！！<br />
　我が森そう八家は、伝統的に由緒あるジャイアンツファンである。その私の名前のそう八の八にちなんで、２５日には原監督が八回も胴上げされて・・・エ？　関係ないって？　フン、こんな目出度い時に、そんな重箱の隅を突くようなことを云ってもらってはこまる。とにもかくにも、八回も胴上げされて、ホント、何度も云うようだけれど<br />
　バンザイ！　ばんざい！！　万歳！！！<br />
　昨年、我が愛するジャイアンツがリーグ優勝したのに日本シリーズに出場出来なかったので、私は七転八倒して悔しがったものだけれど（０７年１１月１日のコラム「プンプンプンのプンプン」参照のこと）、今年はなんと史上最高空前絶後の１３ゲーム差をひっくり返し、中日に借りを戻して、しっつこいようだけれど<br />
　バンザイ！　ばんざい！！　万歳！！！<br />
　ところで、我が愛するジャイアンツ以外に好きなチームは、ジャイアンツに負けたチーム。反対に嫌いなチームはジャイアンツに勝ったチーム。日替わりで、好きなチ－ムと嫌いなチームが変わっていくというのが「贔屓チームに関するそう八理論」の根幹をなしていたのだけれど、今年はなんたって１３ゲームも勝ちっ放し。全チームが好きなチームになってしまって「贔屓チームに関するそう八理論」が崩壊してしまった。<br />
　ホント、長生きしていると、思いもよらぬことが起きるものだ。　<br />
　だから、我が愛するジャイアンツは、パリーグのチームとは試合をやらないから、パリーグには好きなチームも嫌いなチームもないと思われるかもしれないが、それが大間違いのコンコンチキ。<br />
　ダイッ嫌いというか、天敵ともいえるチームがある。それは、今年の日本シリーズの相手チーム、西武ライオンズ。<br />
　１９５８年、日本シリーズでジャイアンツと西鉄ライオンズが対戦。我が愛するジャイアンツが３連勝して、日本一の前祝いをしたのにもかかわらず、それから４連敗して日本一になり損ねてしまった。<br />
　私の血液型は「Ａ」型だけれど、「どうでもＡ」型なので、すぐ<br />
「マ、いいか」となってしまう。だけど、こと我が愛するジャイアンツに関してはしっつこいのである。もう５０年前のことだから・・・と云う訳にはいかない。時効などないのである。<br />
　その西鉄ライオンズのなれの果てのチームが、西武ライオンズ。だから、西武ライオンズは宿敵である。絶対絶命に負ける訳にはいかぬ。今は、<br />
　バンザイ！　ばんざい！！　万歳だけど、西武ライオンズに勝ってはじめて<br />
　バンザイ！　ばんざい！！　万歳なのである。<br />
　そう、今日は１１月１日。その宿命の第１試合が始まる。</p>]]>

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<title>バンザイ　ばんざい 万歳だけど・・・</title>
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<modified>2008-11-13T02:05:52Z</modified>
<issued>2008-10-14T15:00:14Z</issued>
<id>tag:sohachi.morrie.biz,2008://1.120</id>
<created>2008-10-14T15:00:14Z</created>
<summary type="text/plain">　スッゴーイ。ノーベル物理学賞と化学賞を日本人が受賞。 　日本人って、なんて偉い...</summary>
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<email>sohachi@morrie.biz</email>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　スッゴーイ。ノーベル物理学賞と化学賞を日本人が受賞。<br />
　日本人って、なんて偉いんだと思ったけれど、文化勲章を貰っている人は１人だけだし、２人はアメリカに住んでいるということなので、<br />
「エ？　日本にそんな偉い人がいたの」って感じである。<br />
　ノーベル賞って、世界で最高の賞でしょ。その賞を貰う人が、我がニッポン国の最高の賞である文化勲章を貰っていないのは<br />
「何故？」って気がするけれど、これって、我がニッポンという国は、お金持ちはエライと思われていても、学者は二の次とされている証拠かもしれない。<br />
　アメリカって国は、ドンパチ好きの戦争輸出国家だと思っていたけれど、しっかりウン１０年も前に、日本からノーベル賞級の頭脳を引き抜きぬいているって、さすがスゴイ国だと、再認識。<br />
　それに比べると、我がニッポン国はお粗末。先月辞職したオエライ大臣が、「悪いのは人のせい」にする政治家の習性に従って、つい、<br />
「我が国の教育をダメにしたのは日教組」と云ったけれど、わが国の教育行政自体が問題だったのじゃないかという気がする。<br />
　日本の教育レベルは、世界でも最高級と信じていたけれど、新聞に載っていたノーベル賞の物理・化学・医学生理学部門の国別受賞者は、アメリカが２２４人で２位のイギリスが７５人、３位がドイツで６８人、以下・・・で日本はたった１２人。世界で９位というサンサンたる有様である。<br />
　ニッポンのオエライさんが、いかに本当の偉い人達を粗末にしているかということが歴然としているようで、我がニッポン国の優秀な頭脳が海外に流出していくの仕方ないことかもしれぬ。<br />
　わがニッポン国は、経済一本槍で進み「お金が全て」国家となってしまったようである。そして、教育をないがしろにした結果、親子の関係が崩れ、地域の連帯感は薄れ、企業は節度を失くし、社会はギスギスと音を立てるようになってしまった。<br />
　昔むかしその昔「お金はなくても心は豊か」と云える時代があったけれど、いまや「お金がなければ心もしぼむ」時代となってしまったようである。<br />
　ウーン、だから、ここらで我がニッポン国も、ビッグバンして再出発。教育大国となって、安い労働力を呼び寄せる国ではなく、優秀な頭脳を呼び寄せることが出来るような国になって欲しいものである。　<br />
　<br />
　ところで、物理学賞を貰ったのは、ビッグバンで宇宙が誕生した時に出来たクォークを解明した功績によるものらしい。<br />
　私は、自慢じゃないが、宇宙大好き人間なので、なみなみならぬ関心を宇宙に持っている。<br />
　だから、宇宙が誕生する前はどんな世界だったのか、宇宙は膨張しているというのなら、宇宙と宇宙の外との境の壁は何で出来ているのかとか、宇宙の外はどんな世界なのか、宇宙の外のそのまた外はあるのかと、疑問が次々と湧き出て尽きるところをしらぬ。<br />
　そして、この地球という星は、今から５０億年後には太陽とともに燃え尽きるという話を聞くと、森そう八家の子孫は、無事この星からはたして脱出できるのだろうかと、心配でたまらない。<br />
　こんなに真剣に真摯に宇宙の誕生や、この星の行く末について考察を重ねているのだから、科学者優遇政策を打ち出した我がニッポンのオエライさんが、この私に<br />
「宇宙の生成・消滅について研究してください」と、研究費をポンと出してくれるないかなァ・・・。<br />
　でも、その位のことをやる度胸がないと、アメリカには追いつけないと思うよ。きっと。</p>]]>

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<title>秋がいっぱい</title>
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<modified>2008-11-13T02:06:08Z</modified>
<issued>2008-09-30T15:00:04Z</issued>
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<created>2008-09-30T15:00:04Z</created>
<summary type="text/plain">　昔むかしその昔、人生にはまだまだ先があったあの頃、私はピチピチプリンと女性がは...</summary>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　昔むかしその昔、人生にはまだまだ先があったあの頃、私はピチピチプリンと女性がはじけて輝いていた夏が大好きだったけれど、もう、たそがれ時を迎えて、夏からテイクオフしてしまった。<br />
　春は眩しくきらめいて華やかだけれど、もう主役にはなれず傍観者。冬は、雪にはしゃぐ気分も消えうせて、身も心も冬ごもり。<br />
　だから、好きなのは秋。<br />
　我がニッポンのオエライさんのそのまたオエライさんであった前ソーリは『一葉落ちて天下の秋を知る』とシミジミ悲哀を感じているだろうし、つい心にもないこと・・ン？訂正、心にあることをしゃべってクビを取られた中山ナニガシ大臣は『物言えば唇寒く秋の風』と、フイにした大臣の座を惜しんでいるだろうけれど、私にとって『一日千秋』の想いで待った秋である。<br />
　だって、『天高く馬肥える秋』でしょ、『秋の味覚』のとうもろこしや焼き芋や栗に柿に・・・以下紙面の都合により略・・・などをパクパク食べて、『秋茄子は嫁に食わすな』とは思っていても口には出さずに、秋茄子や秋刀魚をおいしくいただき・・・ホント、メタボなんてあっち向いてポイ気分である。<br />
　それに、秋といえば『紅葉狩』である。そこで、ひよっとして素敵美人に巡り合い、『秋の日はつるべ落とし』だから、『中秋の名月』などめでようと、手に手を取って夜の部に誘ってと・・・下心付で出かけなければならぬ。<br />
　ても『女心と秋の空』と言うから、あっち向いてポイされるかもしれないけれど、『秋の夜と女の心は七度変わる』というから、マ、いいか気分でヤッパ紅葉狩りには行った方が良いであろう。<br />
　そして『芸術の秋』。今、北九州市立美術館で「中山忠彦」展があっているので、これまた見に行かねばならぬ。<br />
　と、ある女性に話したら「それって永遠の女神展というキャッチフレーズのある展覧会でしょ。そう八さん、目の保養に行くんだ」と言う。それは大いなる誤解である。<br />
　私は、美人愛好者ではなくって美術愛好者である。痴性と狂養・・・ア、これ変換間違い・・知性と教養を誇る私は、純粋な美的鑑賞眼で華麗に描かれた女性像を見に行くだけであって・・・。<br />
　「ウフフ」って何で笑うの？　ホント、失礼なんだから・・・。<br />
　それから『読書の秋』。でも、机の横にはツン読された単行本が８冊もある。おまけに毎月取っている「ミステリマガジン」も７月号から読んでいない。もう、本を見ただけでゲップが出そうだから、『読書の秋』なんてあっち向いてポイしたいけれど、知性と教養を誇る私が、そんなことをしたら、<br />
『秋深し、隣は何をする人ぞ』と疑惑の眼差しで見られるかも知れぬ。<br />
　ホント、『悩み深き秋』なんだなァ・・・。</p>]]>

</content>
</entry>
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<title>あなたとは違うんです</title>
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<modified>2008-09-14T14:30:26Z</modified>
<issued>2008-09-14T15:00:00Z</issued>
<id>tag:sohachi.morrie.biz,2008://1.118</id>
<created>2008-09-14T15:00:00Z</created>
<summary type="text/plain">　我がニッポン国のソーリ大臣が辞めた。 　丁度、臨時ニュースが流れた時、ＴＶを見...</summary>
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<name>荘八</name>
<url>http://sohachi.morrie.biz/</url>
<email>sohachi@morrie.biz</email>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　我がニッポン国のソーリ大臣が辞めた。<br />
　丁度、臨時ニュースが流れた時、ＴＶを見ていたので、その後行われた記者会見を見ることが出来たけれど、さすが我がニッポン国の頭脳明晰なオエライさんのそのまたオエライさんだけあって、云うことが違う。<br />
　ソーリを辞める理由として「みんな、あなたが悪いのよ」的見解を堂々と披露、最後に勇気ある記者がイチャモンをつけると<br />
「あなたとは違うんです」と一刀両断。スゴイ！！！<br />
　どうも、政治の世界は「みんな、あなたが悪いのよ」と「あなたとは違うんです」というこの二言で、コトを終わらせることが出来るらしい。なんと素敵な世界！！！<br />
　私などは「みんな私が悪いのデス」と「あなたは私と違ってエライ」という言葉を乱発しているけれど、なんたって、我がニッポン国の頭脳明晰なオエライさんのそのまたオエライさんが云っているのだから、今後は、これを見習って<br />
「みんな、あなたが悪いのよ」と「あなたとは違うんです」という発言に改めることにしよう。<br />
　この二言があれば、この乱世、スイスイと渡れそうな気がする。ホント、我がニッポン国の頭脳明晰なオエライさんのそのまたオエライさんに感謝しなければならない。<br />
　エ、何？　「我がニッポン国の頭脳明晰なオエライさんのオエライサンだから云える台詞だあって、畏れ多くもそう八のようなフツ－の人は、云っちゃあダメ」だって・・・。<br />
　フーン、そうなんだ。だけど、アメリカには、こんなジョークがあるんだけど・・・。</p>

<p>　野党議員が首相のことを痛罵した。<br />
「まるでロバのように頭が鈍く、ブタのように貪欲じゃないか」<br />
　首相はかんかんになって発言の撤回を求めた。野党議員はあっさり承知した。<br />
「撤回します。あんな表現をしては、ロバやブタに申し訳ない」</p>

<p>　　　 ※　ジョークは井坂清「ジョークは人生のスパイス」より</p>]]>

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<title>シッチャカ　 メッチャカ戦って・・・</title>
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<modified>2008-11-13T02:06:31Z</modified>
<issued>2008-08-31T15:00:57Z</issued>
<id>tag:sohachi.morrie.biz,2008://1.117</id>
<created>2008-08-31T15:00:57Z</created>
<summary type="text/plain">　オリンピックが終わった。と、云っても、私、天才的な運動バカときているから、スポ...</summary>
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<name>荘八</name>
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<email>sohachi@morrie.biz</email>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　オリンピックが終わった。と、云っても、私、天才的な運動バカときているから、スポーツはやるのは勿論、見るのも得意ではない。<br />
　第一、自慢じゃないけれど、腕力のないことにかけては、誰にもひけを取らない。子供の時、懸垂などしても、デレートとぶら下がったままである。どうも、私はデレケート・・・ン？訂正、デリケートに出来ているので、私の身体は、地球の磁力に敏感に反応しているに違いない。<br />
　走れば、いつも後ろから数えて１位。いつも勝ちを譲っているから、せめて「謙譲の美徳賞」くらい、出してくれてもいいと思うけれど、貰うのは哀れみの眼差くらいである。<br />
　ゴルフだって、やったことはあるが、どだいあんな小さな玉を打てる訳がない。地球や大気をブッ叩くか、たまたま玉に当たってもチョロばかり。<br />
　それなら、野球は、ボールが大きいから当たるだろうと思われるかもしれないが、その玉が飛んでくるではないか。止まっている玉が打てないのに、飛んでくる玉を打つなんて、言語道断である。打てる訳がない。　<br />
　そういう訳で、スポーツは見るのもイヤ。だけど、TVで見る番組が一つだけある。それは、我が愛するジャイアンツが勝っている時だけである。何故か同点になったら、腕が自動的に動いてスイッチを切ってしまうので、自慢じゃないが、我が愛するジャアインツが負けた試合を見たことがない。いつも負け知らず「GoGo GIANTS」である。<br />
　でも、８月中旬から、世間はオリンピック一色。いくら、スポーツ大嫌いと云っても、世間の話題についていかないと<br />
「ア、そう八さん、ボケ気味」と云われそうだから、TVのオリンピック番組は見なかったけれど、ニュースで勝った負けたと報じてくれるので、非国民扱いされずになんとか２週間を過ごすことが出来た。<br />
　でも、ニュースを見ていて、負けた選手が<br />
「くやしいーーーー」と、号泣するならともかく<br />
「楽しんで・・・ウンヌン」という一見負けてサバサバ風のコメントを聞くと、負け惜しみで云っているのかもしれないが、<br />
「オリンピックって、楽しんでやるものじゃないでしょ」と云いたくなってしまう。<br />
「死ぬ気になってやったけれど・・・」てなことを、云わないことには、その選手の後には、ウン千人の出れずに悔し涙を流した選手がルイルイといるのだから、その人たちの思いを踏みにじってしまうような気がする。<br />
　中国のように、国が威信を賭けて、シッチャカメッチャカ主催する時代ではないような気がするけれど、選手は、負けてモトモト精神ではなく、個人の威信を賭けてシッチャカメッチャカ精神で戦って欲しい気がする。<br />
　エ、何？　「運動バカのそう八がそんなエラソウなこと、云っていいの」って・・・。<br />
　ウーン、だって、でもねェ・・・・。</p>]]>

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<title>殺した男</title>
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<modified>2008-08-14T13:41:18Z</modified>
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<summary type="text/plain">　　　　　　殺した男　　　トーマス・ハーディ 　もし、どこか古い飲み屋ででも 　...</summary>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　　　　　　殺した男　　　トーマス・ハーディ</p>

<p>　もし、どこか古い飲み屋ででも<br />
　彼と俺と出合っていたなら、きっと<br />
　同じテーブルを挟んで座り、一緒に<br />
　のどを潤しただろう、何杯も！</p>

<p>　ところが、歩兵として戦場に送られ、<br />
　彼と俺と、にらみ合うことになった。<br />
　お互いに狙いを定めて、鉄砲を撃ち、<br />
　俺のほうが彼を、その場で殺した。</p>

<p>　理由は、彼が敵だったからだ。<br />
　敵だったから、俺は彼を撃ち殺した。<br />
　それはその通りで、こっちにとって<br />
　敵に違いなかった、当然のことーーだが</p>

<p>　そもそも入隊したのはひょんなことから、<br />
　俺も、たぶん彼もそうで、失業して次の<br />
　職が見つからず、家財道具を売り払って、<br />
　別にそれ以上、深いわけはなかった。<br />
　<br />
　まったく奇妙なものだ、戦争というのは。<br />
　飲み屋でもし会ったら、喜んで何杯も<br />
　おごったり、金だって貸してやるような<br />
　そんな相手を、撃ち殺すのだから</p>

<p>　　　　　　　　　　　　　訳　　アーサー・ビナード(詩人）</p>]]>

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<title>暑くて熱くってアツーーイ！！！</title>
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<modified>2008-11-13T02:06:59Z</modified>
<issued>2008-07-31T15:00:39Z</issued>
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<summary type="text/plain">　夏、真っ盛り。暑くって熱くってアツーーイ！！！ 　『心頭滅却すれば火もまた涼し...</summary>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　夏、真っ盛り。暑くって熱くってアツーーイ！！！</p>

<p>　『心頭滅却すれば火もまた涼し』と云っても、私、瞑想よりも迷想に耽るのが得意。だから無念無想の境地などなれっこないし、頭に氷枕を乗せて街を歩く訳にもいかないし・・・ウーン、やっぱり暑くって熱くってアツーーイ！！！</p>

<p>　街を颯爽と歩く見えそうで見えない超ミニの女の子や、ささやかな布でピチピチプリンの身体を覆った女の子を見ると、そりゃ、そちら様は涼しいでしょうけれど、こちら様のＨ心はカッカと燃えて、暑くって熱くってアツーーイ！！！</p>

<p>　今度届いた年金通知書を見たら「長寿医療保険」なる欄が設けられてあって、私はまだ該当しないから「０円」表示だけれど、その内「取りますわよ」というヤル気マンマンの通知書に変貌。<br />
　長寿というのは、長生きしておめでとうと言う意味でしょ。だから、お祝いの品を差し上げますと云うのならともかく、逆に保険を差し引きますというのとは、どだいニュアンスが違う！！！　<br />
　言葉遣いに気をつけろってんだ、とアッタマにきて暑くって熱くってアツーーイ！！！</p>

<p>　だから「後期高齢者医療保険」なんてオドロオドロしい名前や「長寿医療保険」なんてトンチンカンな名前でなくって、素直に「年長者医療費一部負担金」とでもすればいいでしょ。<br />
　私、我が国のオエライさんは博学多才の御方と思っていたけれど、ひよっとしたら浅学非才の御方の間違い？　と、思ったら我が国の将来が心配になって、暑くって熱くってアツーーイ！！！</p>

<p>　よく考えたら、私、就職して４０余年、若い時は助け合いの精神でいこうと云われて、あまり大病にも罹らず、せっせと健康保険料をウン千万円納めてきたのに・・・ああそれなのに、助け合われる時になったら邪魔者扱いするって、これって、何？<br />
「私のかかった治療費は全額払うから、支払った健康保険料返せ！！！」と叫びたい。でも博学多才の御方から「アホか！」と云われるのならともかく、浅学非才のオエライさんから云われると思うと悲憤慷慨・・・ゼッタイ暑くって熱くってアツーーイ！！！</p>

<p>　はるか宇宙の彼方で地球をウオッチングしているのナンジャモンジャ星雲のチチンプイプイ星人が、地球という星が『暑くって熱くってアツーーイ』のは、ヒト科の生物のなせる技だと断言し、この星に棲息している他の生物は文句も言わず黙って我慢しているのだから、<br />
「ヒト科の生物も、自業自得と思って文句を言うな」と云っているらしいけれど、やっぱり暑くって熱くってアツーーイ　！！！</p>

<p>　暑くって熱くってアツーーイから、このコラムで『暑くって熱くってアツーーイ』と悲憤慷慨したら暑さ半減するかと思ったけれど、やっぱ暑くって熱くってアツーーイ！！！<br />
　トホホ・・・残念。</p>]]>

</content>
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<title>私が無駄に過ごした今日は・・・Part 2</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://sohachi.morrie.biz/archives/2008/07/7_1.html" />
<modified>2008-07-14T14:03:32Z</modified>
<issued>2008-07-14T15:00:11Z</issued>
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<summary type="text/plain">　ホント、もうビックリ！　オドロキ！！　　大感激！！！ 　というのは、岩波書店が...</summary>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　ホント、もうビックリ！　オドロキ！！　　大感激！！！<br />
　というのは、岩波書店が発行する月刊誌「図書」の７月号に、かの有名な哲学者土屋賢二さんのエッセイが載っていたのである。<br />
　それを読むと、ビックリ！　オドロキ！！　　大感激！！！　私が日頃思っていること、実行していることと同じことが書かれてあるではないか！！！<br />
　なんと、東大哲学科を卒業し、御茶の水大学教授で、趣味はジャズピアノの演奏という偉くて偉い人と同じだなんて、私も<strong>エラーーーーーーク</strong>なったような気がして、すこぶる愉快である。<br />
　是非、そのエッセイを読んで頂きたい。</p>

<p>　　買っても読まない本　　　土屋　賢二</p>

<p>　私の家には買っても読まない本が大量にある。原因は向上心が強いことにある。<br />
　暇ができると書店に行くが、そこで本を手に取ると、たいてい読みたくなる。<br />
「社会人として経済に無関心でいていいのか」<br />
「キリンのことをもっと知るべきだ」<br />
「水洗トイレの仕組みも知らないのは恥ずかしい」<br />
「砂漠に一人取り残されたときのために必要な知識だ」などと思えてくる。立ち読みしているうちに向上心はつのり、何が何でも今すぐ読まなくてはならないと確信して買う。<br />
　有益な本ばかりでは人間が偏ってしまうと思い、息抜き用に娯楽書も買う。教育テレビばかり見ているわけにはいかないのだ。<br />
　向上心に燃えて家に帰ってしばらくすると、二つのことに気づく。<br />
（１）有益な本を全部読破するには三百歳まで生きなくてはならない、<br />
（２）いま自分に必要なのは息抜きだ。<br />
　その日は息抜きのために娯楽書を読み、次の日になると向上心はあとかたもなくなり、行きあたりばったり生活に戻ってしまう。<br />
　有益な本はしばらく身の回りに置いた後、目の届かない本棚にしまって忘れてしまう。その本棚には同じ運命をたどった有益な本がつまっているが、その本棚に入れたからといって捨てたわけではない。いつか読むかしれないし、何よりも、捨てると向上心を放棄してしまうような気がして捨てられないのだ。<br />
　だから書店に入るときは、余命はわずかだと言い聞かせ、向上心を抑えている。それでも読まない本は増えていく。向上心がそれだけ強いのだ。それにしてはいっこうに向上しないのが不思議だ。</p>

<p>　ウン、同感同感。私が６月１日のこのコラム「私が無駄に過ごした日は・・・」を読んでもらうと分かると思うけど・・・・<br />
　エ？　何？　ドンパチB級映画愛好者のそう八さんと、哲学者の土屋先生とが同じだなんて、ホントよく言えよねェ・・って。<br />
　そんなこと云われたって、私自身が「同じ」と断言しているんだから、絶対間違いない。ウソじゃないんだって・・・。</p>]]>

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<title>『駅』で出会って・・・</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://sohachi.morrie.biz/archives/2008/07/post_76.html" />
<modified>2008-11-13T02:07:30Z</modified>
<issued>2008-06-30T15:00:30Z</issued>
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<created>2008-06-30T15:00:30Z</created>
<summary type="text/plain">　先月ＮＨＫＴＶの音楽番組「ＳＯＮＧＳ」で、「ＳＯＮＧＳ　ＢＥＳＴセレクション†...</summary>
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<email>sohachi@morrie.biz</email>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　先月ＮＨＫＴＶの音楽番組「ＳＯＮＧＳ」で、「ＳＯＮＧＳ　ＢＥＳＴセレクションⅢ」が放映、私好みのチューリップに竹内まりや、森山良子にあみんが出演した。うれしくたのしくほのぼのシアワセ感に包まれて聴いてしまった。<br />
　特に竹内まりやは、今年３０周年ということで、ファンから好きな曲を投票したもらったところ、１位が「駅」２位が「元気をだして」３位が「人生の扉」だったそうである。３曲とも私の好きな曲だけれど、番組で歌ったのはモチ第１位の『駅』<br />
　３０代～４０代の女性の共感を呼ぶ『駅』が１位になるのは当然かもしれないが、私のように、いい加減年を取ると『人生の扉』の歌詞<br />
　　<br />
　　　　　Ｙou　say　ｉｔ'ｓ aｌright to be 70<br />
　　　　　And say still good be 80<br />
 　　　　　But i'll maybe liｖe over 90<br />
　<br />
を聴くと、９０歳まで生きているとは思っていないものの<br />
「ウーン、・・・だったらいいなァ」と感じてしまう。<br />
　そして、後期高齢者とイヤがれる時代に生きていても、生きてることって素敵なことなんだと思はせるこの曲『人生の扉』が、今では私のＢＥＳＴ１になってしまった。<br />
　６月はジューンブライド。ときめいて華やぐ季節である。でも結婚はゴールであるけれど、ときめいてばかりはいられない。人生のスタートでもある。<br />
　そして目出度く結婚した女性でも、ある日ある時、シチュエーションは違っても、誰もがこの『駅』のようなシーンに遭遇したことがあるに違いない。その切ない想いが投票につながりＢＥＳＴ１になったのであろう。<br />
　　<br />
    　　　　　駅　　　　作詞・作曲　：　竹内まりや</p>

<p>　見覚えのあるレインコート　黄昏の駅で胸が震えた<br />
　はやい足取り　まぎれもなく　昔愛したあの人なのね<br />
　<br />
　懐かしさの一歩手前で　こみあげる苦い思い出に<br />
　言葉がとても見つからないわ<br />
　あなたがいなくてもこうして　元気で暮らしていることを<br />
　さりげなく告げたかったのに・・・</p>

<p>　二年の時が変えたものは　彼のまなざしと私のこの髪<br />
　それぞれに待つ　人のもとへ　<br />
　戻っていくのね　気づきもせづに</p>

<p>　ひとつ隣の車両に乗り　うつむく横顔を見ていたら<br />
　思わず涙あふれてきそう<br />
　今になってあなたの気持ち　はじめてわかるの　痛いほど<br />
　私だけ愛してたことも</p>

<p>　ラッシュの人波にのまれて　消えゆく後ろ姿が<br />
　やけに哀しく心に残る<br />
　改札口を出る頃には　雨もやみかけたこの街に<br />
　ありふれた夜がやってくる・・・</p>

<p>　でも、これっきりで幕が降りるのならいいけれど、もう一度出会ったらどうする？<br />
　私などは、たちまち駆け寄って、それからああしてこうしてああなって・・・と、まずはめでたし目出度しとなるに違いないけれど・・・。<br />
「ン？　そう八さんて、惚れっぽくて振られぽいんじゃなかったの？　だから、ああしてこうしてああならず・・・と、まずは残念無念でしょ」<br />
　フン、女性ってなんてリアリスト。この曲を聴いた時ぐらい、ああしてこうしてと素敵な夢に浸ってもいいでしょ。プンプン！！！</p>]]>

</content>
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<title>チンプンカンのプンプン</title>
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<modified>2008-06-14T16:32:08Z</modified>
<issued>2008-06-14T15:00:22Z</issued>
<id>tag:sohachi.morrie.biz,2008://1.112</id>
<created>2008-06-14T15:00:22Z</created>
<summary type="text/plain">　ホント、もうびっくりおどろきがっかりしょんぼり！！！ 　先日、わが愛するドンパ...</summary>
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<name>荘八</name>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　ホント、もうびっくりおどろきがっかりしょんぼり！！！<br />
　先日、わが愛するドンパチ映画の最高峰たる『ランポー　最後の戦場』を見に行った時のことである。<br />
　映画は、無論、我が不死身のヒーローが、ドンドンパチパチ撃ちまくりバッタバッタと敵は倒れるものの、相手の銃弾は、なんたってこちとら不死身ときているから避けて通る。<br />
　我が不死身のヒーローは、おまけに正義の味方。相手は命令されて戦っているだけの単なる兵隊さんだから、本来であれば、その兵隊さんを倒したらその妻や子どもはどうやって暮らしていくだろうとか、美人の妻ならば再婚すればいいけれど、不美人だったら結婚できず可哀想だとか、大いに我がヒーローは悩まねばならぬ。<br />
　しかし幸か不幸か映画は１２０分で終わらなければならないので、我がヒーローは悩む暇などありゃしない。ドンドンパチパチ撃って撃って撃ちまくり、敵はバッタバッタと倒れて先ずは目出度しめでたし・・・てな訳で映画は終わったものの、問題は私の後のシートに座っている二人の男性の会話。<br />
　私は、映画の始まる１０分前に入ったのだけれど、その間二人がペラペラ話している内容が、まるでチンプンカンで、何を話しているのかまったく分からないのである。<br />
「それで××××なら、＊＊＊＊＊になるし、△△△△でしょ」<br />
「ウン、だって※※※※だし、もう☆☆☆☆☆しているのに、＃＃＃＃＃だよね」　<br />
　私が分かった単語は、「インテル」と「ソニー」の二つの名詞のみ。後は、全て理解不能なカタカナ語を駆使してチンプンカンプン。<br />
　フンだ！！！　我がニッポン国内でニッポン人がニッポン語で話している内容が分からないなんて、そんなバカな話ってある？<br />
　どうも、コンピューターかインターネットに関することを話しているらしいが、私、パソコンもインターネットも駆使していると自負していたのに茫然自失。私って、まるっきり時代遅れになっているらしい。長生きはしたくないもんだ。<br />
　映画が終わって後を振り向いて見たら、フツーの学生さん。コンピューターオタクでもなさそうである。にこやかに<br />
「すごい映画！！」なんてフツーの会話をしている。でも、あのチンプンカンプン会話がフツーの会話なんて・・・信じられない！！！　<br />
　それに、である。若い女の子達が<br />
「あいつ、ウザイからチャッキョしちゃった。今度イタメルしてやる」とか<br />
「彼ってイケメン。それでニケツして行ってアゲアゲなの」なんて話しているのを聞くと、これまた<br />
「ン？」<br />
　フンだ！！！　我がニッポン国内でニッポン人がニッポン語で話している内容が分からないなんて、そんなバカな話ってある？<br />
　私は、もうチンプンカンプン会話に囲まれてプンプンプンのプン。大いに傷つき怒っている。</p>]]>

</content>
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<title>切なさを刻んで・・・(掌編小説）</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://sohachi.morrie.biz/archives/2008/06/one_way.html" />
<modified>2008-06-04T13:32:59Z</modified>
<issued>2008-06-05T11:48:09Z</issued>
<id>tag:sohachi.morrie.biz,2008://1.111</id>
<created>2008-06-05T11:48:09Z</created>
<summary type="text/plain"> 彼女は行ってしまった。私の知らない何処かに。私の心に深く切ない思いを残して姿を...</summary>
<author>
<name>荘八</name>
<url>http://sohachi.morrie.biz/</url>
<email>sohachi@morrie.biz</email>
</author>
<dc:subject>心　紡いで</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://sohachi.morrie.biz/">
<![CDATA[<p> 彼女は行ってしまった。私の知らない何処かに。私の心に深く切ない思いを残して姿を消した。</p>

<p>　５０歳にもなると、青春の頃、夢と希望に輝いていた人生も色褪せてしまう。そして、夢と希望を上手に諦めることが出来るようになると、風に逆らって歩くこともなくなってしまった。<br />
　大学を出ると、私は故郷の福岡県にある建設会社に勤め、身をかわすことが出来なくなるような荒波をかぶることもなく、ほどほどの人生を歩んできたと云えるかもしれない。<br />
　しかし、６０歳の定年まで１０本の指で数えられるようになってくると、これからの自分の行きつく場所が見えてきてしまった。<br />
　そして、自分の人生の持ち時間が、今まで生きてきた時間よりも少なくなってきたことに気がつくと、このままの状態で自分の人生に終止符を打つことに対し、何か物足りなさを感じてならなかった。<br />
　それに、これまでの自分の生きたきた時間の重さを感じることもなく、唯、単に生きてきただけに過ぎないのではないかと疑問を感じ始めてきた。<br />
　言い換えれば、自分の人生から家族と仕事を除いたら何も残らないのではないか、ということに気が付くと寂しくなってきたのである。<br />
　だから、家族と仕事以外にも、私自身にとって自分が生きてきたという証が、何か生きていて良かったと思えるものが欲しかった。とは云うものの、それが何だか分からないままに暦は確実にページをめくり、時だけが流れていった。<br />
　<br />
　１９９８年の秋、私は役員に昇進すると共に、東京支社の開発部長として転勤することになった。入社して以来、転勤したことはなかったので、まさか５０歳になって転勤するとは思わなかったが、東京で初めて大規模開発を手がけることになり、本社で長年開発を担当していた私が東京に行くことになったのである。<br />
　しかし、病気がちの母を抱えていたため、妻と母を残し私だけが東京に行くことになった。長男は就職して広島に、次男は長崎大学に在学中で、家に居るのは母と私たち夫婦だけだったのである。<br />
　東京では、中目黒にある３LDKの会社が所有しているマンションを借りることとなった。一人では広すぎたが、会社が八丁堀にあり日比谷線で乗り換えなしで行けるのが助かった。　<br />
　一通り炊事道具は揃えたものの、帰るのが遅くなると自分で作ることが億劫で、つい外食することが多くなってしまった。　<br />
　東京に着任するや、休日もない程仕事に追い回される毎日が続いた。その年の秋には天皇陛下がご重態となり、そして年が開けると共に崩御されて昭和が終わりを告げた。アメリカの大統領も代わり、ソ連はアフガンから撤退し，何かが終わりを告げ何かが始まろうとしていた。私の仕事も春になると、何とかプロジェクトを軌道に乗せることが出来、一息つけるようになった。<br />
　仕事が楽になると、むしろ休日には一人でいると時間をもてあますほどであった。そこで運動不足を補うためにもと、会社の女性に相談したところ、ヨーガはどうですかと云うことであった。<br />
　ヨーガだと年齢に関係なく無理せずにマイペースで出来るということだったので、電話帳を見て会社の近くにあるヨーガ教室を探し出した。　<br />
　それが京橋にある綿本ヨーガスクールである。<br />
　そして、そこで高校時代の同級生である木村民子と会ったのだった。東京に来て翌年の春、５１歳の時のことである。<br />
　木村皆子と顔を合わせた瞬間、私は彼女の名前を口にしていた。高校を卒業してから会ったこともなかったのに、自然にその人の名前が出てきたのである。そして、驚いたことには彼女も<br />
「あら、尾田さん・・・隆さんでしょ？」と同時に私の名前を口にしたのだった。<br />
　私の心の中で３３年という時の流れがくだけて散り、私は彼女と最初に出会ったあの遠い日に戻ったような気がした。<br />
　高校時代、私は彼女と特に仲が良かったといういう訳ではない。私が入学したのは熊本市にある熊本高校だったが、福岡県行橋市にある京都高校に１年生の時に転校し、その転校してきた最初の日に、校舎の角で出会い頭にぶっつかりそうになって顔を合わせたのが木村皆子だったのである。その時、<br />
「あら、ごめんなさい・・・」と話しかけられたものの、私はただ立ちすくみ口をきくことさえ出来なかった。私が入学した熊本高校は男子校だったから女生徒と話すことに慣れていなかったせいでもあるが、なによりも彼女の笑顔が眩しく、ときめいて胸が一瞬止まったような気がしたのである。<br />
　そして、それ以来彼女の爽やかですがすがしい笑顔は、私の心を捉えて離れようとはしなかった。<br />
　しかし、彼女とはクラスも違っていたし、又、彼女は男子生徒の憧れの的でもあったから、転校生である私にとって彼女は遥か遠い存在であるように思えた。だから、私は、そのときめきを胸に秘めたまま卒業してしまったのである。<br />
　だが、あれから３３年も時が流れているのに、彼女に再会した時、あの遠い日と同じときめきを感じたのはどうしてであろう。それは自分でもよく分からなかった。卒業してからは彼女のことを思い出すこともなくなり、そして、忘れてしまっていたのに・・・。<br />
　思いもよらぬことだが、きっと、私の心のアルバムの一頁に彼女の写真が貼ってあったのに違いない。<br />
　３３年の歳月は、彼女の若い頃のあのときめいてはじけるような笑顔を、あでやかにしっとりとした笑顔に変えているものの、ぬけるように白い肌とやさしく人の心をつつむような眼差しは少しも変わっていなかった。<br />
　二人並んでヨーガをした。私と違ってもう１５年もヨーガをやっているという彼女は伸び伸びと、とても５０代の身体とは思えず眩しく思えた。<br />
　その日は、土曜日だった。土曜日のヨ－ガは１２時から始まり１時半に終わる。ヨーガをする前の食事は禁じられていたので、ヨーガが終わると<br />
「おなかペコペコ。私、終わって食べるのが嬉しくってヨーガをやっているようなものだわ」と言い、彼女の行きつけの店に行くことになった。<br />
　ヨーガ教室は京橋の交差点の近くにあった。そこから環状１号線の下を通り抜け、銀座１丁目に出ると、そこにドイツ料理店「つばめ」がある。そこで食事することとなった。<br />
　彼女のお気に入りはハンブルグ風ステーキ。<br />
「これって、コレステロ－ルの固まり。あなたは別のものが良くってよ」と、云われたものの同じ料理を注文した。<br />
　この料理はアルミホイルに包まれた熱々のハンバーグに，添えものとして皮のついたままの大きなジャガイモが一つ付いて出てきた。彼女はこのほかほかのジャガイモが大好きだったのである。<br />
　食事が終わると、銀座三丁目の角にある銀座カネボウのティルームでお茶を飲んだ。<br />
「不思議だわ。私達、ずっと昔からの知り合いみたい」<br />
「そう、あのぶっつかりそうになった出会いだけなのに」<br />
　彼女もそのことを覚えていた。<br />
「だけど、尾田さん、あの時、この野郎って顔をして何も云わず私を睨みつけたでしょ。そして、それから後は、廊下ですれ違っても、女の子なんて眼中にない顔をして、目線は私を通り越して遥か彼方。まるでツンツンのツンだもの」<br />
「そんなことないよ。それは木村さんの方」<br />
「なんだ、二人とも同じように思っていたのね」<br />
　二人とも吹き出した。そして、過ぎ去った時と共に、あの切なく甘い想いが戻ってきたような気がしたものである。<br />
「今、考えると信じられないみたいだけど、二人とも若くて純情だったんだ・・・」<br />
「そうね、あの頃に帰りたいわ。純情だなんて言葉、セピア色に色褪せて・・・そう、私の世界からなくなっちゃった」<br />
　またたく間に時は流れ、気が付くと黄昏がティルームのガラスに広がっていた。彼女の家は恵比寿、私は中目黒だったので帰る方向は一緒だった。こうして、彼女との出会いが始まったのである。<br />
　それからは、毎週土曜日になるとヨ－ガに行き、彼女と出合った。ヨーガが終わって夕方別れるまでのほんのひととき、私は切なくきらめいていたあの時代に戻り、時までも豊かにゆったりと流れていくように思えた。<br />
　しかし、気持は青春時代に戻っているようにみえても、話すことといったら、お天気の話に始まって、いつもたわいのないよもやま話ばかりだった。云ってみれば、私達の年代にありがちな不朽にして無難な話題ばかりである。<br />
　お互いに家族のことはあまり話さなかった。私にとって彼女だけが私の知りたい全てであり、彼女以外のものに対しては興味がなかった。だから、彼女の家や夫のことについては、一切聞かなかった。いや、聞きたくもなかったと云った方が正しいのかもしれない。<br />
　彼女も多分私と同じ考えだったのだろう。私の妻のことも話題にのぼらなかった。二人とも、会うときはあの時代に戻って家族や仕事と切り離された世界にいたい、という同じ気持を持っていたのだろう。お互いに自分の生活を匂わして会いたくなかったのである。<br />
　ただ、彼女が日立系のコンピューターソフトの会社に勤めている娘さんと大阪の大学に行っている息子さんの話を一度だけしたことがある。そして、<br />
「私って子供のことになるとつい一生懸命になっちゃうの。だから、今までの私の人生って子供のためにあったようなものよ」と話した。そして<br />
「だけど、２人とも私の手から離れてしまったでしょ。もう私の家では、私いなくってもいいの。もうこれからは、自分で私の人生を生きたいわ」と言ったことがある。<br />
　彼女は結婚生活が幸せなのかどうか、ほのめかしたことなど一度もなかった。だからその時、私は彼女が言った意味を図りかねたのである。単に束縛されず振舞うということなのか、それとも家族から離れて自分独りで生きてゆきたいということなのか分からなかった。<br />
　と、云うのは、彼女の場合独りで生きていくということが可能だったのである。彼女は宝石のデザイナーをしていた。彼女の仕事場は銀座２丁目にある銀座貿易ビルの角を曲がり昭和通りに行く途中にあった。宝石加工会社「ルブエ」である。仕事の性格上、会社で必ずやる必要もないため家にも仕事場を持ち、会社には必要な時にだけ行くということになっているらしかった。<br />
　好きなことをして、それが仕事になるという羨ましいほどの環境で、原石をカットするためのデザインもさることながら、古い宝石をカットしなおすためのデザインの仕事も多いようであった。私はまったく知らなかったが、宝石のリホームの方ではかなり名が知られているようだった。だから、<br />
「私、一人で生きていく位の収入はあるのよ」と云って、食事する時はいつも割り勘を主張し私を困らせたものである。　<br />
　私の会社は八丁堀にあり彼女の仕事場は銀座１丁目、住まいも中目黒と恵比寿。偶然とはいえ、いずれも近くにあって、それで京橋のヨーガを二人とも選んだことになったのであろうが、私には何か見えない糸で結ばれていたのではないかという気がした。<br />
　しかし、彼女は<br />
「私達、１８じゃないのよ。５０にもなってそんなこと云ったら笑われるわ」と云って取り合わなかったが、私は会う度ごとに彼女の笑顔のとりこになり、そして彼女への想いを強くしていった。<br />
　私はそれ迄妻に対し何も不足はなかったし、家族を大事にしたいという気持に変わりはなかった。妻も子供たちも愛していると云っても過言ではなかったのである。だが、妻に対する感情は恋とは異質なものであった。<br />
　結婚した男が妻以外の女性を好きになった時、浮気と一言で決め付けられてしまう場合が多いが、私はこれが浮気とは思いたくなかった。浮気と恋心とは違うと・・・。<br />
　私は、浮気心を起こしたことはあっても、恋心を抱いたことなど一度もなかった。恋心を持つことが出来るのは、青春だけが持つ特権だと思い込んでいたのだる。<br />
　それが、この年になって、そういう気持ちを持つようになろうとは自分でも信じられなかった。そして、私の心の中で妻に対する愛情と彼女に対する恋心とは、お互いに矛盾することなく存在し得たのである。<br />
　彼女と会って１ヶ月もたつと、ヨーガの時に会うのではなく映画やコンサートにも一緒に行くようになった。誘うと彼女はいつも出てきた。彼女が夫に何と云って出てきているのか知らないし、又、聞こうともしなかった。彼女の夫が寛大なのか、それとも冷え切っていて断って出てくるまでのこともないのか、私には見当もつかなかった。<br />
　しかし、会う時間が増えたからといって私達の関係が進んだかというと、まったく変わらなかった。<br />
　私の方は、会う度ごとに彼女の手を握りたい、彼女の顔を両手でそっと包んでみたい、そして、この腕でしっかりと抱きしめてみたいという想いを強くしていった。<br />
　だが、私の手が触れようとすると、彼女はいつもさりげなく外してしまうのだった。<br />
　恋をすると、人はいつもその人の側に居たい、触れてみたいと思うものである。私は５０歳になってと笑われそうだが、本当にそうだった。そして、私の気持ちは彼女にも伝わっていたと思う。それに、彼女の素振りや私を見詰める目、話し振りから考えると、彼女も私と同じ感情を抱いているように思えた。<br />
　しかし、彼女は心では私を受け入れているように思えたが、それが実際に行動で示されると・・・手を触れようとしたり、肩を抱こうとするだけでも・・・いつもさりげなく、私を傷つけないようにそっと外すのだった。私にはそれが理解できなかったが、そっと外されるともうそれ以上のことは出来なかった。５０歳という分別もあったし、彼女から嫌われるようなことはしたくなかったのである。<br />
　彼女は柔らかくカールさせた長い髪を後で括っていた。だから、耳からうなじにかけての白い肌がいつも私の目を惑わせたものだった。しかし、いつもきちんと括られている髪を見ていると、たまには彼女の頬にかかる長い髪も、風にそよぐ長い髪も見たいと思ったものである。<br />
　しかし、彼女はリボンで結わえた長い髪を決してとこうとしなかった。私には、固く結わえられたその長い髪が、私を拒む心の象徴のように思えたものである。<br />
　彼女の星座は水瓶座で私は獅子座だった。ホロスコープのとおり二人とも考えも好みもまるで違っていた。私にとってそれが面白く感じられたし新鮮に思えた。彼女の意見を聞くのが楽しく、性格の違いがかえって二人の間を引き付けたといってもよかった。ただ、音楽については、二人の好みが一致した。<br />
　そこで、その年の初め、そう、彼女に会って半年が過ぎた頃である。谷村新司のコンサートに行くことになった。その年のコンサートツアーが始まり私の好きな曲というか、それよりもむしろ私の彼女に対する気持ちを歌に託したような曲がプログラムに入っているのを知っていたのである。<br />
　だから、彼女に聞かせようと私が誘ったのだった。彼女にその曲の名前は教えなかった。コンサートが終わった後で、当てて欲しいと云ったのである。<br />
　コンサートは渋谷のNHKホールであった。私が聞いて欲しいと思ったのは「海猫」という曲である。</p>

<p>　　　いつか憩える時が来たなら<br />
　　　貴方の手をひいて　汽笛のきこえる<br />
　　　町へ行きたい<br />
　　　<br />
　　　その時がくるまで<br />
　　　私は生きていたい</p>

<p>　　　その時がくるまで<br />
　　　私は生きていたい</p>

<p>　　　潮風にゆれる　長い黒髪を<br />
　　　この目にみるまでは　生きていたい・・・</p>

<p>　　　いつか笑える時が来たなら<br />
　　　貴方と二人きりで　汽笛のきこえる<br />
　　　町へ行きたい<br />
　　　<br />
　　　その時がくるまで<br />
　　　私は生きていたい</p>

<p>　　　その時がくるまで<br />
　　　私は生きていたい</p>

<p>　　　海の雪のように　群れ飛ぶ海猫を<br />
　　　この目にみるまでは　生きていたい</p>

<p>　　　この目に見るまでは<br />
　　<br />
　　　生きていたい・・・</p>

<p>　コンサートが終わりＮＨＫホールを出ると、公園通りを下りパルコの角を右折してスペイン通りに出た。そして、その通りの階段を下りきった所にあるスペイン料理の店「ピイドロ」で食事をした。ワインと野菜のマリネにイカの墨煮、それにパエジャを頼んだ。そして、ワインが出てグラスを会わせ、彼女が口をつけようとした時、私は<br />
「ストップ。曲を当てたら飲んでいい」<br />
「当たらなかったら？」<br />
「その時は、罰ゲームとして僕の頬にキスをする」<br />
「いやね。隆さんてずるいわ」と睨んで<br />
「大丈夫。当てちゃうから」とにっこり微笑んで<br />
「でも、ヒント頂戴」<br />
　私はこの微笑に弱い。<br />
「そう・・・僕の想い。皆子さんに対する想い。だけど、何故か口に出せなくって・・・」<br />
「そう・・・」と、真剣な顔をした。そして、しばらくたってから<br />
「本当は聴いたときにすぐ分かったの・・・海猫でしょ」と、まっすぐ私を見詰めながら云った。<br />
　そして<br />
「隆さんの気持ち分かってるの。だけど・・・」<br />
　後は言葉がなかった。目が潤んで見えた。それから料理が配られてきたが彼女は口数が少なかった。そして、しばらくして<br />
「日本海の沿岸にいるんですってね。海猫」<br />
　島根県の日御岬。私は思い切って心に思っていることを話した。二人でそこに行き海猫を見たいと・・・。彼女が承知する訳がないと思っていたが、口に出さずにいられなかったのである。彼女は<br />
「そうなの・・・。どうしても？」と訴えるような目をして私を見つめた。<br />
　そして彼女は黙り込み、私は料理を食べることに専念する振りをしたが、どんな味がするかはまったく分からなかった程である。<br />
　食事が終わると店を出た。渋谷駅前の人通りの少なくなったスクランブル交差点を渡る。ところが、その交差点の真ん中で、彼女は急に私の手を引いて立ち止まり、私を見つめて<br />
「いいわよ。行きましょう。日御崎」<br />
　私は、一瞬周りの動きが止まったように思えた。立ち止まっていたのは、ほんの数秒だったに違いないが、わたしには永遠の時が流れたような気がしたのである。<br />
　<br />
　１ヶ月後の秋も終わりに近い土曜日の朝、JAS２７１便で出雲空港に向かった。１時間２０分の空の旅である。早朝の第１便なので彼女がお弁当を作って持て来てくれた。少し大きめの折箱に二人分のお弁当。小さなおにぎりと私の好きな玉子焼き、鳥の唐揚げにブリの照焼、それにアサリ貝の佃煮と奈良漬が少しずつ入っていた。<br />
　一つの弁当を二人で分け合って食べていると、通りかかったスチュワーデスがお仲がよろしいのですね、旧婚旅行ですかと云いながらお茶を持ってきてくれた。すると、彼女は<br />
「ええ、そうなの。わかります？」とはしゃいだ声を出した。いつもより彼女は明るく屈託がなく、そしてきらめいて見えた。その都度、彼女のぬくもりが私に伝わり、私の心をとかしていくような気がした。<br />
　JASのジエット機DC９は青く澄み切った空を駆け抜け、９時過ぎには出雲空港に到着した。時間が早いので、まづ出雲大社に行くことになった。空港から車で４０分たらずで行く。車を降りると、彼女は私の腕に手を廻し私を見て微笑んだ。<br />
「ね、ご満足？」<br />
　そしてゆくりと杉並木の参道を歩き銅鳥居をくぐった。時々、彼女の胸のふくらみが私の腕に伝わり、私の心は波立って、その鼓動が彼女に伝わるのではないかと心配した程である。鳥居をくぐると拝殿に着いた。出雲大社は縁結びの神様である。彼女は<br />
「私達、来るのが遅すぎたみたい。ザーンネン」と笑いながら云ったが、私は遅すぎたとは思わなかった。まだ、今からでも間に合うと・・・。そして二人でお参りした。<br />
　それから、参拝順路に従って４９社、氏社・・・と周り最後にベンチに座って肩を寄せ合って休んだ。境内は人影も少なく晩秋の透き通った陽ざしの中で、私は幸せだった。このまま秋の空気の中に溶け込んでいけたらと思った。彼女も<br />
「静かね。時間が止まったみたい。ずっとこうしていたいわ」と溜息をついたが<br />
「だけど、おなかもすいちゃった」と云って私を笑わせた。<br />
　そこで、出雲大社の近くにある創業１８０年という手打ちそばの老舗「荒木屋」に行き、三段重ねの朱の器に入った割子そばを食べた。さすが本場だけあって<br />
「おいしい。おなかいっぱい。又、感動しちゃった」と彼女は目を輝かせた。<br />
　そこから、バスに乗り島根半島の西端にある日御崎に行った。稲佐浜を過ぎ崖の上を走りトンネルを抜けると海の向こうに三瓶山がすっきりと見えた。それから日御崎道路を走り３０分足らずで日御崎のバス停に着いた。<br />
　日御崎では旅館は１軒しかなく、あとは民宿である。旅館は団体が入っていたので敬遠し、グラスボートの乗り場の近くにある民宿を予約していた。「おおみや荘」である。<br />
　宿に荷物を置き外に出ることにした。宿の近くにある日御崎神社にお参りした後、鳥見台展望所から海猫を見て、それから日御崎灯台に行き夕日が沈むのを見ようということになった。<br />
　バス停の側にある朱塗りの美しい楼門をくぐると正面に日御崎神社の下の宮の本殿と拝殿が、右手の小高い所に上の宮がある。下の宮は天照大神を上の宮は須佐之男命をお祭りしてある由緒ある神社である。<br />
　そこでお参りしてから海岸に出て鳥見台展望所に行った。展望所の目の前にある小さな岩礁・経島が海猫の繁殖地である。飛来したばかりでまだ数は少なかったが、深く青い空をすべるように白い翼を広げて海猫が飛びかっていた。そして、その鳴き声を聞くやいなや彼女は<br />
「本当だわ。ネコの声にそっくり。でも、なんだか悲しい声ね」<br />
　二人ともその声を聞きながらあくこともなく海猫と経島と日本海を見入った。さすがに海の風がひんやりと感じられ、そして海猫の声が心にしみるように聞こえた。<br />
「海の雪のように群れ飛ぶ海猫を・・・」と、彼女は口ずさみ私を見上げて笑ったが、何故か寂しげに見えた。それは、谷村新司がこの曲を切なく哀しく歌っているせいであるかもしれない。この曲は、海猫を見に行きたい行けない切なさを歌った曲であるが、しかし、私達はそうでない。寂しいはずがなかった。<br />
　だけど、私には彼女が切なそうに見えて仕方なかったのである。私はその時初めて、私と一緒に来てくれているものの、彼女の心の内では、まだ何か吹っ切れないものが残っていて、それが切なさとなって表われているのではないかという気がしたのである。<br />
　それから日御崎灯台に行った、松林の緑の中に真っ白な灯台が鮮やかに青い空に映えて見えた。石積みの灯台としては東洋一だそうである。高さ３８ｍ。１６３段の階段を上がると展望台がある。<br />
「なんたって、もうダメ。やはり私達ダテに年取ったみたい」<br />
　息をきらして昇ると展望が広がった。限りなく拡く青い海が空と交じりあい溶け合って私達を圧倒した。<br />
　陽が落ちようとしていた。空と海を茜色に染めて太陽が沈もうとしていた。刻一刻と微妙に空と海の色が彩られ変わっていった。そこにあるのは圧倒的に迫る自然だけだった。私達は言葉もなくたたづみ、風に染まって永遠の時の中に溶け込んでしまったように思えた。夕日とともに、さまざまな想いがゆるやかに漂いそして消えていった。そして静粛だけが残った。<br />
「人間で、はかないものね」<br />
　陽が落ちると寒さが戻ってきた。月明かりの中で漁火が点々とともり、それを見ながら私達は宿に戻った。<br />
　民宿「おおみや荘」に泊まっているのは私達だけだった。８畳の間に応接セットを置いた広縁があり、その向こうに海が見える。先にお風呂に入りそれから食事をすることとなった。風呂上りの浴衣を着た彼女は、すがすがしさが香り立つように思えたものである。美しかった。そして廊下の端にある洗面台の前に立ち、後ろで結わえた髪をほどき<br />
「どう？」と、肩に掛かった髪を後ろに払いながら私に笑いかけた。その仕草が艶かしく私は目にやり場に困ったほどである。<br />
　それからすぐに料理が運ばれてきた。鯛の生き造りに磯の香りがする料理がテーブルいっぱいに並べられた。<br />
「あなたと一緒にいることに乾杯」<br />
　彼女はそう云って微笑んだ。その笑顔が私の心にしみた。<br />
　食事が終わると料理が片付けられ、二組の布団がひかれた。私達は応接セットに座り、月の光に浮かぶ海を見ながら波の音を聞いた。二人とも布団の方を見るのが憚れたような気がして、私達はまるで１８歳の頃に戻ったようなものだった。ぎこちなく時が流れ遠くで汽笛が鳴り二人の静けさを破った。<br />
「もう寝ましょうか」<br />
　私が廊下のカーテンを引こうとすると、彼女が<br />
「月の光の下で寝たいわ」と云ったので、部屋の障子も開けたまま寝ることにした。<br />
　二組の布団に横たわり、月の明かりに仄かに浮かぶ彼女の顔を見詰めた。すると、彼女が<br />
「手を貸して」と私の手を握り、浴衣の襟を少し開け、そっと乳房に導いたのである。<br />
　私の指が、その固く尖った乳房にふれ、そして手のひらが、たよやかに弾む乳房を包んだ。私の手のひらと乳房は、初めからなじんでいるかのように一つになり、そしてその込めた想いを伝えあって熱く燃え・・・そう、二人で見たあの日本海に沈む夕日のように私の心を溶かした。<br />
　すると、彼女は一瞬身体を震わせ私の手をそっと乳房から外した。そしてその手を握ったまま私の方に向き直り私を見つめた。そして云った。<br />
「ごめんなさい」<br />
　月の光の中で、彼女の瞳がきらめき潤んだ。瞳からあふれた涙が、頬に伝わり流れた。私は「ごめんなさい」という意味を瞬時にして理解した。しかし彼女の瞳は、そして頬に流れる涙は単に「ごめんなさい」という以上のことを意味しているように思えた。限りなく寂しく深い悲しみがそこにあったような気がしたのである。<br />
　それが、私の熱く燃えた身体を除々にさましていったものの、彼女の瞳にうつったメッセージはいくら考えても分からなかった。彼女の流した涙の数だけ、私も涙を流したかった。しかし、それは出来なかった。そして、波が紡ぐ調べと時々聞こえる海猫の声を耳にしながら、彼女の心の扉を開くことが出来ないままに夜を明かしたのである。<br />
　しかし、明け方には少し寝たのであろう。翌朝、目が覚めた時、彼女はきちんと洋服に着替えて私の枕元に座り私の顔を見ていた。<br />
「おはよう」<br />
　昨夜のことはまったく忘れたかのように明るい声を出した。そして昨日と同じようにはしゃぎ笑顔を見せた。それが、昨夜のことは触れたくないということのように思われ、私は何も聞かないことにしたのである。<br />
　食事が終わると民宿に荷物を預けて、福性寺の根元の周りが４ｍもある大ソテツを見ておわし浜に廻った。昨夜より少し寒く感じられ、そのせいか彼女は私にぴったり寄り添って歩いた。昨夜の涙が嘘のように思われたほどである。それから荷物を受け取ると出雲空港に向かった。ＪＡＳ２７４便に乗ると東京には３時に着く。こうして私達の旅は終わった。<br />
　次の週末はもう１２月である。綿本ヨーガスクールに行くと，担当の先生から一通の手紙を受け取った。彼女からの手紙である。そして、彼女がヨーガを止めたということを聞かされたのである。私は、うわの空で食事も取らず銀座カネボウのテイルームに行き彼女からの手紙を読んだ。</p>

<p><br />
　突然のことで驚かれたと思います。でも、お会いしたら私の心、きっと揺れるにちがいありません。だから、こうして手紙をしたためることにしました。<br />
　私は、あなたにお会いする迄は、夕暮れの坂道を転がっていくような色褪せた毎日を送っていたのです。でも、あなたにお会いし、あなたが私を見詰める度に、私の心にかかっていた魔法が溶けていきました。心凍らせていたものが溶けて、どこかに置き忘れていた笑顔が戻ってきたのです。そして、あなたが私に恋した以上に、私はあなたに恋をしていることが分かったのです。<br />
　あなたが私にちょっとでも触れる度に、あなたの指先からあなたの想いが伝わってきました。私を欲しいというあなたの想いが、そして私も同じ気持ちでした。あなたの腕の中で、忘れかけていた温もりを確かめたいと・・・。<br />
　でも、それが出来ませんでした。あなたは私を夢見ているのです。誤解しているのです。それも美しく・・・。私はもう５１歳。私には若さも、豊満さも成熟さもありません。私の身体にあるのは、そう残念ながら５１年にわたって刻み込まれた歳月の襞だけなのです。私は風呂上りの鏡の前で、せめてもう１０年早くあなたとお会いしていたらと、何度唇をかみしめたことでしょう。でも、それが現実なのです。<br />
　そんな私をあなたに見せたくなかった。私の身体を知れば知るほどあなたはショックを感じるに違いありません。私はあなたを失いたくなかった。<br />
　そんな時、谷村新司のコンサートで海猫の曲を聴きました。この曲を聴きながらあなたの痛いほどの気持ちを知り私の心はぐらつきました。<br />
　そして、海猫をあなたと見に行く決心をしたのです。そこであなたに一度だけ抱かれよう、そしてお別れしようと・・・あなたに嫌われない内に。<br />
　そう、今までの人生で、数々の過ちを繰り返しているのだから、それに一つ加えるだけだから、神様許してくださいと・・・。<br />
　でも、あなたの手が私に触れた時、鎖に繋がれていた私の秘められていた感覚が目を覚まし、私の心は底なしの闇に落ちていきそうになりました。その時、私は分かったのです。私のさがの恐ろしさを。そして、私があなたを受け入れた途端、私の身体はあなたから離れられなくなることを。そんな私をあなたが嫌いになっても、あなたを追いかけていくことを・・・。<br />
　だから、私は私の身体に逆らって、めくるめくような感覚に逆らって必死にあなたの手を払いのけました。こんなにあなたが好きなのに・・・どうして抱かれたらいけないのって・・・。涙が止まりませんでした。<br />
　私達、もう恋をする年齢をとっくに通り過ぎていたのですね。お友達・・・そうお友達だったらと何度思ったことでしょう。でも、好きになってしまったことは後悔していません。あなたと見つめ合った日々を抱きしめ、とうの昔あきらめていた今迄の人生に句読点を打って、これからの新しい人生を自分のために生きてゆきたいと思います。私に素敵な思い出を下さってありがとうございます。<br />
　もうお会いすることもないと思いますが・・・でも、いつかどこかでお会いすることを夢見て、その時は笑顔でお会いできますように・・・・。</p>

<p><br />
　手紙を読み終えると、ガラス越しに銀座通りを歩く人々が霞んで見えた。そして、初めて私は、あの夜、彼女の流した涙を理解したのである。<br />
　そう云うことだったら・・・と、私は思った。私だって同じだと。私も同じ年、見るに耐えないのはむしろ私の方だと。心さえ通じれば顔や身体は関係ないんだと叫びたかった。<br />
　そして、彼女が欲しいなんてもう云わない、手を握りたいとも云わない、唯、会って貰うだけでいいと云いたかった。もう一度会いたい会って話をしたい、友達でいいからと・・・。<br />
　翌日、彼女の所属していた宝石加工会社「ルビエ」に電話した。彼女は辞めていて、連絡先は分からないということだった。そこで、意を決して彼女の家に行くと表札は掛っていたものの人の気配はなかった。<br />
　すると、隣の家からおばさんが顔を出して話してくれた。奥さんはいないわよ、別居している娘さんのマンションに行って一緒に住むって。なんでも、独立してお仕事をやられるみたい。ご主人は、めったに見かけることはないから連絡のとりようはなわね、と。<br />
　それからというものの、私は眠れぬ夜を重ねたが、彼女が居ないのにもかかわらず近くに感じるようになった。過ぎた日は帰らないけれど、彼女は私の心の中で鮮やかによみがえり、彩を加えていった。<br />
　そして、彼女の手紙にさようならの言葉がなかったことに気がつくと、私の消えかけていた心のともしびがほのかに瞬き始めた。<br />
　私は、一つだけからっぽのまま残されていた心の引き出しに、その想いをそっとしまい込んだ。<br />
　　　　　　　　京都高校同窓会誌第２号掲載（１９９３年発行）</p>]]>

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<title>私が無駄に過ごした今日は・・・</title>
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<modified>2008-06-14T16:34:21Z</modified>
<issued>2008-05-31T15:00:18Z</issued>
<id>tag:sohachi.morrie.biz,2008://1.110</id>
<created>2008-05-31T15:00:18Z</created>
<summary type="text/plain">　『私が無駄に過ごした今日は、昨日　死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である』...</summary>
<author>
<name>荘八</name>
<url>http://sohachi.morrie.biz/</url>
<email>sohachi@morrie.biz</email>
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<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
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<![CDATA[<p>　『私が無駄に過ごした今日は、昨日　死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である』　　ドキッ！！！<br />
　これは、先日北九州市小倉区にある浄土真宗本願寺の小倉御坊・永照寺で行われた「引上会報恩会」で頂いた大型マッチに書かれていた文章である。<br />
　そういえば、我がヒーローが撃って撃って撃ちまり、自分には敵の弾が絶対当たらないという「ドンドンパチパチバッタバッタ映画」を見て、いつもスカッと爽やかコカコーラ的気分に浸っているけれど、これって、ひよっとしたら無駄に過ごした時間？<br />
　ウン、そう云えば、私は読書が趣味だったので「後期高齢者」になった時・・・ウーン、「後期高齢者」って政府推奨の言葉だけれど、馴染まないなァ。ヤッパ政府のオエライさんに申し訳ないけれど、言い方を変えて・・・私が老いて悠々の時を持てるようになった時、無駄に過ごすことがないようにと、若い頃から本を買いためていたのである。<br />
　いわく「世界ミステリ全集全１８巻（早川書房）」「世界SF全集全３５巻（早川書房）」「異色作家短編集全１８巻（早川書房）」。<br />
　カタイ本では「漱石文学全集全１１巻（集英社）」「谷崎潤一郎新々訳源氏物語全１１巻（中央公論社）」「世界教養全集全３４巻（平凡社）」「日本の歴史全１８巻（集英社）」「叢書　文化の現在（岩波書店）全１３巻」。それに極め付きは「世界の文学　ナント全１００巻（（中央公論社）」<br />
　これ全て、ハードカバーの函入りのブ厚い本である。他に新書版で「メグレ警視シリーズ全４９巻（河出書房新社）」文庫本で「日本探偵小説全集全１２巻（東京創元社）」<br />
　これって、自慢じゃないけれど、買った時ペラペラと頁をめくっただけで１頁も読んでいない。今、ため息をつきながら数えてみると、全部で３１８冊。<br />
　それに、である。あまり大きな声で云えないが、リタイヤしてから聴こうと若い時からＦＭをエアーチェックして、せっせと録りだめしていた６０年～８０年代のオールデイズやフォーク＆ニューミュージックの５００本あまりのカセットテープを、後生大事に保管している。　<br />
　私は、広縁でデッキチェアに横たわり、一日中録りだめしていたカッセトテープをBGMで聴きながら、待望の全集モノを片っ端からコオヒイを飲みながら読むというのが、私のあるべき素敵な未来像であった。<br />
　ところが、我が息子達は、早くから<br />
「その頃はテープは劣化しているし、目はかすんで本など沢山読める訳ないから、ムダムダ」と、エラソウな口をきいていたけれど、どうも、息子達は先見の明があったような気がする。<br />
　と、云うのは、今、読んでいるのはミステリィの翻訳ものが多いけれど、カタカナ名前は「登場人物」の欄を何度も見直さなければチンプンカンになるし、４～５日後に続きを読もうとしたら、ストーリイを忘れてしまい１０頁くらい前にさかのぼって読み直さなければならぬ。<br />
　それに、若い頃は文庫本なら、わき目もふらず３時間位で最後まで読みとおしていた私が、なんと、今や２時間も読んだら、オシッコに行きたくなったり、うちのカミさんとどうでもいい会話を取り交わしたくなったり、普段は見ないTVを見たくなったりして、最後は<br />
「読むのヤーメタ」となってしまう。それに、私は本屋さんに行くと、つい本を買ってしまうという悪癖があるものだから、机の横にツン読された本の標高は一向に低くならない。<br />
　ホント、私の素敵な未来像はどこに行ったの？<br />
　私が、カタイ本を買ったのは、「後期高齢者」・・・エーット、すみません。訂正させて頂くことにして・・・素敵な老後を迎えたら「知性と教養」にあふれた人間に変身して、若い人から憧れの眼差しで見られようと思って買った訳だけれど、この際、野望は捨てて、カタイ本は永久保存版として本箱に飾っておくしかあるまい。<br />
　エ？　何？　<br />
『私が無駄に過ごした今日は、昨日　死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である』でしょ。無駄に過ごさなければ、読めるはずよ・・・って。<br />
　ウーン、そう云われても、スカッと爽やかコカコーラ的気分になるし、無駄も人生に必要なんだと思うけどなァ・・・。<br />
　「だってソウハチさん。無駄な映画ばかり見て読みもしない無駄な本を買って聴きもしない無駄なテープをためこんで、無駄ばっかり・・・」<br />
　だってねェ・・・・。</p>]]>

</content>
</entry>
<entry>
<title>素敵に百歳　Ｐａｒｔ２</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://sohachi.morrie.biz/archives/2008/05/5_1.html" />
<modified>2008-05-16T13:33:50Z</modified>
<issued>2008-05-14T15:00:41Z</issued>
<id>tag:sohachi.morrie.biz,2008://1.109</id>
<created>2008-05-14T15:00:41Z</created>
<summary type="text/plain">　昔、むかし、その昔 「お年寄りをいたわりましょう」と云っていたものである。 　...</summary>
<author>
<name>荘八</name>
<url>http://sohachi.morrie.biz/</url>
<email>sohachi@morrie.biz</email>
</author>
<dc:subject>風に吹かれて</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://sohachi.morrie.biz/">
<![CDATA[<p>　昔、むかし、その昔<br />
「お年寄りをいたわりましょう」と云っていたものである。<br />
　しかし、時は移り、我がニッポンの頭脳明晰なオエライさんは、お年寄りのことを、「後期高齢者」というクールな言葉で表現して、頭脳明晰なれど「思いやり欠乏症」にかかっていることがバレてしまった。<br />
　どうも、我がニッポンのオエライさんは、お年寄りを邪魔者扱いにしているらしい。<br />
　戦争で夫を亡くし３人の子供を、多くの多くの多くの・・苦労を背負いながら女手一つで育て上げて生きてきた私の叔母が、百歳のお祝いの席で<br />
「生きてて良かった」と流した美しい涙を、我がニッポンのオエライさんに見て貰いたかったと思う。<br />
　そして、川崎洋さんの詩の最後の一節を、我がニッポンのオエライさんに捧げたいと思う。</p>

<p><br />
　　　老年について　　　川崎　洋<br />
　<br />
　　　　年をとった美しい森で<br />
　　　　生まれて初めて<br />
　　　　詩を書いてみたい</p>

<p>　　　　そのあとで<br />
　　　　渇いているからおいしい<br />
　　　　というのではない水を<br />
　　　　一口飲みたい</p>

<p>　　　　生きてることが<br />
　　　　岩の間から<br />
　　　　清水が湧いている<br />
　　　　というふうであれ<br />
　　　　という祈念</p>

<p>　　　　肉体の愛についても<br />
　　　　たしかに<br />
　　　　２０代の頃より<br />
　　　　熟してきているのでから</p>

<p>　　　　決して決して無理でなく<br />
　　　　ふいに思うのだが<br />
　　　　齢を刻むことが<br />
　　　　何かを失っていくというのは<br />
　　　　肯定できない</p>

<p>※川崎洋・・・１９３０年生まれ。詩集「海を思わないとき」（１９７８年思潮社刊）より。</p>]]>

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