「風に吹かれて 2008」の記事

  12月!!! ミイハー音楽好きの私にとって、素敵溢れる月。
 何故って、ベートーベンの「第九交響曲」の演奏会があるでしょ、クリスマスソングが流れるでしょ、NHK紅白歌合戦があるでしょ。みんな大好き!!!
 ベートーベンの「第九交響曲」って、ミイハーの音楽じゃないって言うかもしれないけれど、12月になれば我がニッポン国の何処かで毎日「第九」の演奏会をやっているのだから、ベートーベン様に悪いけれど、これってミイハー化してる証拠。
 それに、ミイハー音楽好きの私までが、12月22日に北九州市の厚生年金会館で行われる演奏会に出るんですから・・・ホント、ベートーベン様ごめんなさい。
 そして、クリスマスソング。12月に入って、街にイルミネーションが輝きクリスマスソングが流れだすと、心弾んで、何かしらイイことありそうな気がする。
 私の好きなクリスマスソングは、昔からある洋楽系のものも無論好きだけれど、松任谷由美・薬師丸ひろ子・尾崎亜美や山下達郎・松山千春・矢沢永吉・浜田省吾などが1980年代~90年代に歌ったクリスマスソングが大好き。その頃のテープを引っ張り出して、古き良き時代をウットリ思い出して聴く。
 「フーン、そう八さん、そんなに素敵な思い出があるの?」って。
 エーット、そうじゃないって・・・。あの頃のクリスマスソングって、振られて寂しいクリスマスという内容の曲が多いんデス。惚れっぽくって振らっれぽい私にピッタリ。
 でも、哀しいことも時が過ぎれば、素敵な思い出に変わるものなのデス。ハイ。
 それから、紅白歌合戦。今年は、絶対私の好きな竹内まりやが出ると確信していたら、なんとダメ!!!
 だって、NHKFMの11月30日19時20分から22時まで「サウンドミュージアム」に竹内まりやが出演。「30年の歴史を名曲と本人のトークで」と2時間半以上にわたって素敵な番組を組んだでしょ、それから、11月24日の21時からのNHKTVの「ニュースウオッチ9」のニュースの中でなんと5分間も30年を迎えた竹内まりやを取り上げたでしょ、それにNHKの音楽番組「SONGS」に2度も出演しているでしょ、おまけにNHKの朝の連続テレビ小説「だんだん」の主題歌「縁の糸」を歌っているでしょ。
 これだけエンエンと取り上げたのだから、今年の紅白、絶対出ると思うのは当然のコンコンチキ。それがダメだって!!! 
 連続テレビ小説の「だんだん」は見る暇ないけれど、他はゼーンブ見たり聴たりしている私としては大憤慨。今年の紅白なんか見ない!!!と啖呵をきりたいけれど、これってきっと犬の遠吠え。
 それに、今年の紅白は名前も曲も初めてという歌手が多いけれど、きっとピチピチプリンしている歌手が多いのだろうから、ヤッパ、ミイハーの私としては見らざるを得ないであろう。

 昨年、「R35」というJポップスのラブバラードを集めたCDが発売されて話題になったので、ミイハーの私は、早速買いに行った時のことである。
「R35ある?」と聞いたら、うっすらハゲ模様の私をマジマジと見て 
「これがR35なんですけど・・・」と、CDを持ってきたものの疑惑の眼差し。
 そりゃ、「R35」のキャッチフレーズは「35歳のあなた、もう一度妻を口説こう」というのだけれど、なにやら、うっすらハゲ模様の私が買ったら、オカシイという雰囲気モリモリである。それで、
「エート、頼まれたものだから・・・」と、私はモグモグ弁解しながら買ったという苦い経験がある。
 以来、私はCDを買うときは、自分で探して問答無用とばかりレジに持って行くことにしているから、今回、竹内まりやの3枚組みのベストアルバム「Expressions」は、疑惑の眼差しなしに無事に買うことができた。
 このアルバムには、私の好きな「人生の扉」も無論、収録されているけれど、うっすらハゲ模様の私などは、年の終わりにこの曲を聴くと、過ぎ去った1年を惜しむより
「またひとつ、人生の扉を開けることが出来るんだ」と、明日への想いにニッコリしてしまう。
   
  満開の桜や 色づく 山の 紅葉を
  この先 いったい何度 見ることになるだろう
  ひとつ ひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ
  ひとり ひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ

 なんだかんだの2008年も、もうすぐ終わり。今年1年、この夢旅人と一緒に旅をしていただき有難うございます。
 来年、人生の扉を開けたら、どんなことが待っているのかお楽しみ・・・・ならいいのだけれど、ままならぬのが人生ならば、せめて愛する人のために生きてゆきたいものです。
 どうぞ、よいお年をお迎えください。

 朝日新聞が月に1度、色々な事象について各界の有識者100人に聞き、それを紹介する「ワンハッドレット アンサーズ」という頁がある。その11月30日版に『定額給付金 効果ある?』が掲載された。
 Q1は『定額給付金をもらえたらうれしいですか』の問いに、はいが15人、いいえが63人、その他が18人、無回答が4人だったそうである。
 私は、タダで貰える物はなんでも貰う主義なので、有り難くおし頂くのだけれど、定額給付金ってのは、我がニッポン国が儲けたのでシモジモの国民にボーナスとして出してあげよう、という訳でもないみたいである。だから、そんな私でも
「これって、何?」と思う位だけど、アンケートの結果を見ると、どうも皆さん、同じような考えらしい。
 Q2は『ここに2兆円あります。公平に分ける方法を考えてください』という問いである。回答を寄せた中から、22人の方々の回答が紹介されていた。
 その中で、私好みのとっても素敵な回答があったので、紹介したい。こういう感性を我がニッポン国のオエライさんが持っていたら、きっとどんよりした曇り空が青空に変わると思うんだけどなぁ。
 黒沢清(映画監督)---国民全員に宝くじ券を配って、1等1億円にする。2兆あれば2万人に当たる
 杉本博司(現代美術家)ーーー空から現金をばらまく
 藤崎圭一郎(デザインジャーナリスト)---そんなことサンタさんしかできません
 ウン、そうなんだ、納得。我がニッポン国のオエライさんは、サンタさんじゃないもんね。
 ウーン、もうダメ!!!

 ところで、11月は私にとって、イヤーな月である。とんでもない月である。出来たら逃げ出したい月である。
 というのは、11月は「マンション管理士」試験の月。恒例によって5度目の受験である。どうして恒例かというと、モチ4回不合格だったから、受験は恒例行事となっているのである。
「ア、そう八さん、アタマ悪いんだ」なんて云ったら困る。それは間違い。大いなる誤解である。
 と、言うのは、私の知っている所から出題されたら、ミーンナ回答できるのに、何故か、私の知らない所からばかり出題されているのである。どうも、私は運が悪いらしい。3億円の宝くじに当たらないはずである。
 マンション管理士の試験は,民法・区分所有法・不動産登記法・都市計画法・建築基準法などマンションに係る約20の法律の中から出題されるので、参考書など読むと、3月から計画を立てて勉強しなさいと書いてある。
 だけど、賞味期限寸前の私などは、いくら記憶しても1ヶ月も経てば自動的に消却されるようセットされているので、3月から勉強したって無意味である。だから、11月が受験勉強の月。
「また、試験を受ける。だから、11月はお付き合いダメ」と、内外に意気揚々と宣言すると、私の友人は、皆、心優しい人たちばかりだから、
「いい年して、合格する訳ないのに、アホみたい」なんてことは、いくら心に思っていても口には出さず、
「また、受験するの? 偉いわねェ。頑張って!!!」と励ましてくれる。
「そう八さん、大丈夫。きっと合格するわよ」と誰も言ってくれないのが、引っかかるけれど、私は素直な性質だから
「ウン、頑張らなくちゃ!!!」と、受験勉強にとりかかった次第である。
 だけど、なんたって賞味期限寸前の頭である。
 2時間もたてば、鼻をほじくりたくなるし、オシッコにも行きたくなるし、眠気覚ましにコオヒイも飲みたくなるし、TV番組も気にかかるし、読みかけのミステリイの続きも気になるし、やりたいことが次から次へと出てくる。受験勉強どころの騒ぎではないのである。
「人生は短し。されど女性は多し」という訳で、私は忙しい。
 と、アットいう間に11月30日がやってきた。この試験は合格率7%という国家試験の中でも難しい試験だから、皆敬遠すればいいのに、何故か受験者がワンサといる。
 指定された試験場に入ると、この部屋は100人が定員。たった7人しか合格者は出ないのか、とオカワイソウと思うけれど・・・ウーン、よく考えればオカワイソウなのは私である。フン!!!だ。
 定刻より30分前に部屋に入ったら、皆、真剣に参考書と睨みっこしている。私は、なんたって試験ずれしているから、皆を観察する。
 いるいる!!! 私のようなお年寄りが二人。「すっかりハゲ模様」の人が1人、「チョッピリはげ模様」の人が1人。でも、あとは「髪の毛クログロ、顔秀麗」とてもじゃないが賞味期限なしの人ばかりである。こりゃ、勝負にならないと気落ちするけれど、
「人は見かけによらない」と、私はなけなしの7人に仲間入りした気分で受験することにする。
 モチ、私は正解と思ってマークシートに印を付けて、これで100点と確信するけれど、試験官とは、何故か見解の相違があるみたいである。
 合格発表は来年1月16日。
 ウーン、もうダメ・・・?

 秋である。悲しみの秋である。哀れみ感じる秋である。ションボリする秋である。苦しみの秋である。怒りの秋である。悔しさ100倍の秋である。歯軋りして口惜しがる秋である。とかくこの世はままならぬ秋である。西武ナニガシというチームなんかあっち向けポイの秋である。
 そう、我が愛するジャイアンツが何故か、オジャン!!!
 敗軍の将、兵を語らず。私は云うべき言葉をなくしてホロホロホロホロ・・・。
 ウーン、もう、ダメ!!!

 ジャイアンツが負けるなんて信じられないような摩訶不思議な出来事が勃発して、私、驚天動地したけれど、世の中もひっくり返るような大騒ぎ!!!
 どうも、わが国のオエライさんが、国民の皆様にまるっきりタダでお金をくれるらしい。 
 私は、お金っていうものは、物を作ったとか物を売ったとか働いたとか、何かをした見返りに貰うものだと思っていたが、どうも、ナーンニモしないのにタダでお金をくれるらしい。
 昔むかし、ニッポン国が貧しかった頃、乞食をならわいとする人が居て、ボロを纏い道路にすわっていたら、通る人が
「お可哀想に・・・」と、お金を恵んでいたことがある。これが、唯一、ナーンニモしないでお金を貰える人と思っていたら、とんでもハップン、私、乞食ではないけれど、私にもタダでお金をくれるとのことである。
 賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライさんのことだから、国民の1億総乞食化を企んでいるとは思えないから、しもじもの国民がビンボーしているのを見て
「お可哀想に・・・」と思って慈愛の心を発揮したのに違いない。
 そりゃ、私はチョッピリビンボーだから、ありがたく貰えるものは貰うけれど、賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライサンは、パッパと使えとの仰せである。
 私、お金をパッパと惜しげなく使ったことなんてないけれど、賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライさんの云うことだから間違いないと思うので、今回は恐る恐る惜しげもなくタダでくれたお金を、パッパと使おうと思っているけれど、
「コレって、何?」って感じである。
 私は、チョッピリビンボーとはいえ、タダでお金を貰わなくっても、なんとか生きていけるから、スッゴクビンボーな人にプラスして上げたらいいと思うけれど、賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライさんは、平等の精神が優先し助け合いの精神はどこかに置き忘れてきたものと思われる。
 昔むかし、向こう三軒両隣でお互いに支えあって生きていたものだけれど、いまや私は私、他人は他人の時代となってしまった。
 それに、景気が悪くなったら「首切り反対」のデモやストが起きていたものだけれど、みんな自分が大切だから、首をすぼめて過ごすしかないような環境になっているようである。
 我々しもじもの国民は、パッパと気前良く使わせていただいても、明日はクビになるかもしれないという心配は消えないし、商店やサービス業の人たちは、一時は売り上げが上がってもすぐ元通りになるだろうという心配は消えないし、製造業の人たちは、パッパの打ち上げ花火は対岸の花火にしか見えないに違いない。
 賢明にして聡明なわがニッポン国のオエライさんのことだから、2兆円もあれば、我々しもじもの人間が途方にくれている雇用とか医療や介護とか教育の分野に希望が持てるような方法を考えてくれると思っているのだけど・・・・。
 ウーン もう、ダメ!!!

 バンザイ! ばんざい!! 万歳!!! ジャイアンツ優勝!!!!
 我が森そう八家は、伝統的に由緒あるジャイアンツファンである。その私の名前のそう八の八にちなんで、25日には原監督が八回も胴上げされて・・・エ? 関係ないって? フン、こんな目出度い時に、そんな重箱の隅を突くようなことを云ってもらってはこまる。とにもかくにも、八回も胴上げされて、ホント、何度も云うようだけれど
 バンザイ! ばんざい!! 万歳!!!
 昨年、我が愛するジャイアンツがリーグ優勝したのに日本シリーズに出場出来なかったので、私は七転八倒して悔しがったものだけれど(07年11月1日のコラム「プンプンプンのプンプン」参照のこと)、今年はなんと史上最高空前絶後の13ゲーム差をひっくり返し、中日に借りを戻して、しっつこいようだけれど
 バンザイ! ばんざい!! 万歳!!!
 ところで、我が愛するジャイアンツ以外に好きなチームは、ジャイアンツに負けたチーム。反対に嫌いなチームはジャイアンツに勝ったチーム。日替わりで、好きなチ-ムと嫌いなチームが変わっていくというのが「贔屓チームに関するそう八理論」の根幹をなしていたのだけれど、今年はなんたって13ゲームも勝ちっ放し。全チームが好きなチームになってしまって「贔屓チームに関するそう八理論」が崩壊してしまった。
 ホント、長生きしていると、思いもよらぬことが起きるものだ。 
 だから、我が愛するジャイアンツは、パリーグのチームとは試合をやらないから、パリーグには好きなチームも嫌いなチームもないと思われるかもしれないが、それが大間違いのコンコンチキ。
 ダイッ嫌いというか、天敵ともいえるチームがある。それは、今年の日本シリーズの相手チーム、西武ライオンズ。
 1958年、日本シリーズでジャイアンツと西鉄ライオンズが対戦。我が愛するジャイアンツが3連勝して、日本一の前祝いをしたのにもかかわらず、それから4連敗して日本一になり損ねてしまった。
 私の血液型は「A」型だけれど、「どうでもA」型なので、すぐ
「マ、いいか」となってしまう。だけど、こと我が愛するジャイアンツに関してはしっつこいのである。もう50年前のことだから・・・と云う訳にはいかない。時効などないのである。
 その西鉄ライオンズのなれの果てのチームが、西武ライオンズ。だから、西武ライオンズは宿敵である。絶対絶命に負ける訳にはいかぬ。今は、
 バンザイ! ばんざい!! 万歳だけど、西武ライオンズに勝ってはじめて
 バンザイ! ばんざい!! 万歳なのである。
 そう、今日は11月1日。その宿命の第1試合が始まる。

 スッゴーイ。ノーベル物理学賞と化学賞を日本人が受賞。
 日本人って、なんて偉いんだと思ったけれど、文化勲章を貰っている人は1人だけだし、2人はアメリカに住んでいるということなので、
「エ? 日本にそんな偉い人がいたの」って感じである。
 ノーベル賞って、世界で最高の賞でしょ。その賞を貰う人が、我がニッポン国の最高の賞である文化勲章を貰っていないのは
「何故?」って気がするけれど、これって、我がニッポンという国は、お金持ちはエライと思われていても、学者は二の次とされている証拠かもしれない。
 アメリカって国は、ドンパチ好きの戦争輸出国家だと思っていたけれど、しっかりウン10年も前に、日本からノーベル賞級の頭脳を引き抜きぬいているって、さすがスゴイ国だと、再認識。
 それに比べると、我がニッポン国はお粗末。先月辞職したオエライ大臣が、「悪いのは人のせい」にする政治家の習性に従って、つい、
「我が国の教育をダメにしたのは日教組」と云ったけれど、わが国の教育行政自体が問題だったのじゃないかという気がする。
 日本の教育レベルは、世界でも最高級と信じていたけれど、新聞に載っていたノーベル賞の物理・化学・医学生理学部門の国別受賞者は、アメリカが224人で2位のイギリスが75人、3位がドイツで68人、以下・・・で日本はたった12人。世界で9位というサンサンたる有様である。
 ニッポンのオエライさんが、いかに本当の偉い人達を粗末にしているかということが歴然としているようで、我がニッポン国の優秀な頭脳が海外に流出していくの仕方ないことかもしれぬ。
 わがニッポン国は、経済一本槍で進み「お金が全て」国家となってしまったようである。そして、教育をないがしろにした結果、親子の関係が崩れ、地域の連帯感は薄れ、企業は節度を失くし、社会はギスギスと音を立てるようになってしまった。
 昔むかしその昔「お金はなくても心は豊か」と云える時代があったけれど、いまや「お金がなければ心もしぼむ」時代となってしまったようである。
 ウーン、だから、ここらで我がニッポン国も、ビッグバンして再出発。教育大国となって、安い労働力を呼び寄せる国ではなく、優秀な頭脳を呼び寄せることが出来るような国になって欲しいものである。 
 
 ところで、物理学賞を貰ったのは、ビッグバンで宇宙が誕生した時に出来たクォークを解明した功績によるものらしい。
 私は、自慢じゃないが、宇宙大好き人間なので、なみなみならぬ関心を宇宙に持っている。
 だから、宇宙が誕生する前はどんな世界だったのか、宇宙は膨張しているというのなら、宇宙と宇宙の外との境の壁は何で出来ているのかとか、宇宙の外はどんな世界なのか、宇宙の外のそのまた外はあるのかと、疑問が次々と湧き出て尽きるところをしらぬ。
 そして、この地球という星は、今から50億年後には太陽とともに燃え尽きるという話を聞くと、森そう八家の子孫は、無事この星からはたして脱出できるのだろうかと、心配でたまらない。
 こんなに真剣に真摯に宇宙の誕生や、この星の行く末について考察を重ねているのだから、科学者優遇政策を打ち出した我がニッポンのオエライさんが、この私に
「宇宙の生成・消滅について研究してください」と、研究費をポンと出してくれるないかなァ・・・。
 でも、その位のことをやる度胸がないと、アメリカには追いつけないと思うよ。きっと。

秋がいっぱい

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 昔むかしその昔、人生にはまだまだ先があったあの頃、私はピチピチプリンと女性がはじけて輝いていた夏が大好きだったけれど、もう、たそがれ時を迎えて、夏からテイクオフしてしまった。
 春は眩しくきらめいて華やかだけれど、もう主役にはなれず傍観者。冬は、雪にはしゃぐ気分も消えうせて、身も心も冬ごもり。
 だから、好きなのは秋。
 我がニッポンのオエライさんのそのまたオエライさんであった前ソーリは『一葉落ちて天下の秋を知る』とシミジミ悲哀を感じているだろうし、つい心にもないこと・・ン?訂正、心にあることをしゃべってクビを取られた中山ナニガシ大臣は『物言えば唇寒く秋の風』と、フイにした大臣の座を惜しんでいるだろうけれど、私にとって『一日千秋』の想いで待った秋である。
 だって、『天高く馬肥える秋』でしょ、『秋の味覚』のとうもろこしや焼き芋や栗に柿に・・・以下紙面の都合により略・・・などをパクパク食べて、『秋茄子は嫁に食わすな』とは思っていても口には出さずに、秋茄子や秋刀魚をおいしくいただき・・・ホント、メタボなんてあっち向いてポイ気分である。
 それに、秋といえば『紅葉狩』である。そこで、ひよっとして素敵美人に巡り合い、『秋の日はつるべ落とし』だから、『中秋の名月』などめでようと、手に手を取って夜の部に誘ってと・・・下心付で出かけなければならぬ。
 ても『女心と秋の空』と言うから、あっち向いてポイされるかもしれないけれど、『秋の夜と女の心は七度変わる』というから、マ、いいか気分でヤッパ紅葉狩りには行った方が良いであろう。
 そして『芸術の秋』。今、北九州市立美術館で「中山忠彦」展があっているので、これまた見に行かねばならぬ。
 と、ある女性に話したら「それって永遠の女神展というキャッチフレーズのある展覧会でしょ。そう八さん、目の保養に行くんだ」と言う。それは大いなる誤解である。
 私は、美人愛好者ではなくって美術愛好者である。痴性と狂養・・・ア、これ変換間違い・・知性と教養を誇る私は、純粋な美的鑑賞眼で華麗に描かれた女性像を見に行くだけであって・・・。
 「ウフフ」って何で笑うの? ホント、失礼なんだから・・・。
 それから『読書の秋』。でも、机の横にはツン読された単行本が8冊もある。おまけに毎月取っている「ミステリマガジン」も7月号から読んでいない。もう、本を見ただけでゲップが出そうだから、『読書の秋』なんてあっち向いてポイしたいけれど、知性と教養を誇る私が、そんなことをしたら、
『秋深し、隣は何をする人ぞ』と疑惑の眼差しで見られるかも知れぬ。
 ホント、『悩み深き秋』なんだなァ・・・。

 我がニッポン国のソーリ大臣が辞めた。
 丁度、臨時ニュースが流れた時、TVを見ていたので、その後行われた記者会見を見ることが出来たけれど、さすが我がニッポン国の頭脳明晰なオエライさんのそのまたオエライさんだけあって、云うことが違う。
 ソーリを辞める理由として「みんな、あなたが悪いのよ」的見解を堂々と披露、最後に勇気ある記者がイチャモンをつけると
「あなたとは違うんです」と一刀両断。スゴイ!!!
 どうも、政治の世界は「みんな、あなたが悪いのよ」と「あなたとは違うんです」というこの二言で、コトを終わらせることが出来るらしい。なんと素敵な世界!!!
 私などは「みんな私が悪いのデス」と「あなたは私と違ってエライ」という言葉を乱発しているけれど、なんたって、我がニッポン国の頭脳明晰なオエライさんのそのまたオエライさんが云っているのだから、今後は、これを見習って
「みんな、あなたが悪いのよ」と「あなたとは違うんです」という発言に改めることにしよう。
 この二言があれば、この乱世、スイスイと渡れそうな気がする。ホント、我がニッポン国の頭脳明晰なオエライさんのそのまたオエライさんに感謝しなければならない。
 エ、何? 「我がニッポン国の頭脳明晰なオエライさんのオエライサンだから云える台詞だあって、畏れ多くもそう八のようなフツ-の人は、云っちゃあダメ」だって・・・。
 フーン、そうなんだ。だけど、アメリカには、こんなジョークがあるんだけど・・・。

 野党議員が首相のことを痛罵した。
「まるでロバのように頭が鈍く、ブタのように貪欲じゃないか」
 首相はかんかんになって発言の撤回を求めた。野党議員はあっさり承知した。
「撤回します。あんな表現をしては、ロバやブタに申し訳ない」

    ※ ジョークは井坂清「ジョークは人生のスパイス」より

 オリンピックが終わった。と、云っても、私、天才的な運動バカときているから、スポーツはやるのは勿論、見るのも得意ではない。
 第一、自慢じゃないけれど、腕力のないことにかけては、誰にもひけを取らない。子供の時、懸垂などしても、デレートとぶら下がったままである。どうも、私はデレケート・・・ン?訂正、デリケートに出来ているので、私の身体は、地球の磁力に敏感に反応しているに違いない。
 走れば、いつも後ろから数えて1位。いつも勝ちを譲っているから、せめて「謙譲の美徳賞」くらい、出してくれてもいいと思うけれど、貰うのは哀れみの眼差くらいである。
 ゴルフだって、やったことはあるが、どだいあんな小さな玉を打てる訳がない。地球や大気をブッ叩くか、たまたま玉に当たってもチョロばかり。
 それなら、野球は、ボールが大きいから当たるだろうと思われるかもしれないが、その玉が飛んでくるではないか。止まっている玉が打てないのに、飛んでくる玉を打つなんて、言語道断である。打てる訳がない。 
 そういう訳で、スポーツは見るのもイヤ。だけど、TVで見る番組が一つだけある。それは、我が愛するジャイアンツが勝っている時だけである。何故か同点になったら、腕が自動的に動いてスイッチを切ってしまうので、自慢じゃないが、我が愛するジャアインツが負けた試合を見たことがない。いつも負け知らず「GoGo GIANTS」である。
 でも、8月中旬から、世間はオリンピック一色。いくら、スポーツ大嫌いと云っても、世間の話題についていかないと
「ア、そう八さん、ボケ気味」と云われそうだから、TVのオリンピック番組は見なかったけれど、ニュースで勝った負けたと報じてくれるので、非国民扱いされずになんとか2週間を過ごすことが出来た。
 でも、ニュースを見ていて、負けた選手が
「くやしいーーーー」と、号泣するならともかく
「楽しんで・・・ウンヌン」という一見負けてサバサバ風のコメントを聞くと、負け惜しみで云っているのかもしれないが、
「オリンピックって、楽しんでやるものじゃないでしょ」と云いたくなってしまう。
「死ぬ気になってやったけれど・・・」てなことを、云わないことには、その選手の後には、ウン千人の出れずに悔し涙を流した選手がルイルイといるのだから、その人たちの思いを踏みにじってしまうような気がする。
 中国のように、国が威信を賭けて、シッチャカメッチャカ主催する時代ではないような気がするけれど、選手は、負けてモトモト精神ではなく、個人の威信を賭けてシッチャカメッチャカ精神で戦って欲しい気がする。
 エ、何? 「運動バカのそう八がそんなエラソウなこと、云っていいの」って・・・。
 ウーン、だって、でもねェ・・・・。

殺した男

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      殺した男   トーマス・ハーディ

 もし、どこか古い飲み屋ででも
 彼と俺と出合っていたなら、きっと
 同じテーブルを挟んで座り、一緒に
 のどを潤しただろう、何杯も!

 ところが、歩兵として戦場に送られ、
 彼と俺と、にらみ合うことになった。
 お互いに狙いを定めて、鉄砲を撃ち、
 俺のほうが彼を、その場で殺した。

 理由は、彼が敵だったからだ。
 敵だったから、俺は彼を撃ち殺した。
 それはその通りで、こっちにとって
 敵に違いなかった、当然のことーーだが

 そもそも入隊したのはひょんなことから、
 俺も、たぶん彼もそうで、失業して次の
 職が見つからず、家財道具を売り払って、
 別にそれ以上、深いわけはなかった。
 
 まったく奇妙なものだ、戦争というのは。
 飲み屋でもし会ったら、喜んで何杯も
 おごったり、金だって貸してやるような
 そんな相手を、撃ち殺すのだから

             訳  アーサー・ビナード(詩人)

 夏、真っ盛り。暑くって熱くってアツーーイ!!!

 『心頭滅却すれば火もまた涼し』と云っても、私、瞑想よりも迷想に耽るのが得意。だから無念無想の境地などなれっこないし、頭に氷枕を乗せて街を歩く訳にもいかないし・・・ウーン、やっぱり暑くって熱くってアツーーイ!!!

 街を颯爽と歩く見えそうで見えない超ミニの女の子や、ささやかな布でピチピチプリンの身体を覆った女の子を見ると、そりゃ、そちら様は涼しいでしょうけれど、こちら様のH心はカッカと燃えて、暑くって熱くってアツーーイ!!!

 今度届いた年金通知書を見たら「長寿医療保険」なる欄が設けられてあって、私はまだ該当しないから「0円」表示だけれど、その内「取りますわよ」というヤル気マンマンの通知書に変貌。
 長寿というのは、長生きしておめでとうと言う意味でしょ。だから、お祝いの品を差し上げますと云うのならともかく、逆に保険を差し引きますというのとは、どだいニュアンスが違う!!! 
 言葉遣いに気をつけろってんだ、とアッタマにきて暑くって熱くってアツーーイ!!!

 だから「後期高齢者医療保険」なんてオドロオドロしい名前や「長寿医療保険」なんてトンチンカンな名前でなくって、素直に「年長者医療費一部負担金」とでもすればいいでしょ。
 私、我が国のオエライさんは博学多才の御方と思っていたけれど、ひよっとしたら浅学非才の御方の間違い? と、思ったら我が国の将来が心配になって、暑くって熱くってアツーーイ!!!

 よく考えたら、私、就職して40余年、若い時は助け合いの精神でいこうと云われて、あまり大病にも罹らず、せっせと健康保険料をウン千万円納めてきたのに・・・ああそれなのに、助け合われる時になったら邪魔者扱いするって、これって、何?
「私のかかった治療費は全額払うから、支払った健康保険料返せ!!!」と叫びたい。でも博学多才の御方から「アホか!」と云われるのならともかく、浅学非才のオエライさんから云われると思うと悲憤慷慨・・・ゼッタイ暑くって熱くってアツーーイ!!!

 はるか宇宙の彼方で地球をウオッチングしているのナンジャモンジャ星雲のチチンプイプイ星人が、地球という星が『暑くって熱くってアツーーイ』のは、ヒト科の生物のなせる技だと断言し、この星に棲息している他の生物は文句も言わず黙って我慢しているのだから、
「ヒト科の生物も、自業自得と思って文句を言うな」と云っているらしいけれど、やっぱり暑くって熱くってアツーーイ !!!

 暑くって熱くってアツーーイから、このコラムで『暑くって熱くってアツーーイ』と悲憤慷慨したら暑さ半減するかと思ったけれど、やっぱ暑くって熱くってアツーーイ!!!
 トホホ・・・残念。

 ホント、もうビックリ! オドロキ!!  大感激!!!
 というのは、岩波書店が発行する月刊誌「図書」の7月号に、かの有名な哲学者土屋賢二さんのエッセイが載っていたのである。
 それを読むと、ビックリ! オドロキ!!  大感激!!! 私が日頃思っていること、実行していることと同じことが書かれてあるではないか!!!
 なんと、東大哲学科を卒業し、御茶の水大学教授で、趣味はジャズピアノの演奏という偉くて偉い人と同じだなんて、私もエラーーーーーークなったような気がして、すこぶる愉快である。
 是非、そのエッセイを読んで頂きたい。

  買っても読まない本   土屋 賢二

 私の家には買っても読まない本が大量にある。原因は向上心が強いことにある。
 暇ができると書店に行くが、そこで本を手に取ると、たいてい読みたくなる。
「社会人として経済に無関心でいていいのか」
「キリンのことをもっと知るべきだ」
「水洗トイレの仕組みも知らないのは恥ずかしい」
「砂漠に一人取り残されたときのために必要な知識だ」などと思えてくる。立ち読みしているうちに向上心はつのり、何が何でも今すぐ読まなくてはならないと確信して買う。
 有益な本ばかりでは人間が偏ってしまうと思い、息抜き用に娯楽書も買う。教育テレビばかり見ているわけにはいかないのだ。
 向上心に燃えて家に帰ってしばらくすると、二つのことに気づく。
(1)有益な本を全部読破するには三百歳まで生きなくてはならない、
(2)いま自分に必要なのは息抜きだ。
 その日は息抜きのために娯楽書を読み、次の日になると向上心はあとかたもなくなり、行きあたりばったり生活に戻ってしまう。
 有益な本はしばらく身の回りに置いた後、目の届かない本棚にしまって忘れてしまう。その本棚には同じ運命をたどった有益な本がつまっているが、その本棚に入れたからといって捨てたわけではない。いつか読むかしれないし、何よりも、捨てると向上心を放棄してしまうような気がして捨てられないのだ。
 だから書店に入るときは、余命はわずかだと言い聞かせ、向上心を抑えている。それでも読まない本は増えていく。向上心がそれだけ強いのだ。それにしてはいっこうに向上しないのが不思議だ。

 ウン、同感同感。私が6月1日のこのコラム「私が無駄に過ごした日は・・・」を読んでもらうと分かると思うけど・・・・
 エ? 何? ドンパチB級映画愛好者のそう八さんと、哲学者の土屋先生とが同じだなんて、ホントよく言えよねェ・・って。
 そんなこと云われたって、私自身が「同じ」と断言しているんだから、絶対間違いない。ウソじゃないんだって・・・。

 先月NHKTVの音楽番組「SONGS」で、「SONGS BESTセレクションⅢ」が放映、私好みのチューリップに竹内まりや、森山良子にあみんが出演した。うれしくたのしくほのぼのシアワセ感に包まれて聴いてしまった。
 特に竹内まりやは、今年30周年ということで、ファンから好きな曲を投票したもらったところ、1位が「駅」2位が「元気をだして」3位が「人生の扉」だったそうである。3曲とも私の好きな曲だけれど、番組で歌ったのはモチ第1位の『駅』
 30代~40代の女性の共感を呼ぶ『駅』が1位になるのは当然かもしれないが、私のように、いい加減年を取ると『人生の扉』の歌詞
  
     You say it's alright to be 70
     And say still good be 80
     But I'll maybe live over 90
 
を聴くと、90歳まで生きているとは思っていないものの
「ウーン、・・・だったらいいなァ」と感じてしまう。
 そして、後期高齢者とイヤがれる時代に生きていても、生きてることって素敵なことなんだと思はせるこの曲『人生の扉』が、今では私のBEST1になってしまった。
 6月はジューンブライド。ときめいて華やぐ季節である。でも結婚はゴールであるけれど、ときめいてばかりはいられない。人生のスタートでもある。
 そして目出度く結婚した女性でも、ある日ある時、シチュエーションは違っても、誰もがこの『駅』のようなシーンに遭遇したことがあるに違いない。その切ない想いが投票につながりBEST1になったのであろう。
  
     駅    作詞・作曲 : 竹内まりや

 見覚えのあるレインコート 黄昏の駅で胸が震えた
 はやい足取り まぎれもなく 昔愛したあの人なのね
 
 懐かしさの一歩手前で こみあげる苦い思い出に
 言葉がとても見つからないわ
 あなたがいなくてもこうして 元気で暮らしていることを
 さりげなく告げたかったのに・・・

 二年の時が変えたものは 彼のまなざしと私のこの髪
 それぞれに待つ 人のもとへ 
 戻っていくのね 気づきもせづに

 ひとつ隣の車両に乗り うつむく横顔を見ていたら
 思わず涙あふれてきそう
 今になってあなたの気持ち はじめてわかるの 痛いほど
 私だけ愛してたことも

 ラッシュの人波にのまれて 消えゆく後ろ姿が
 やけに哀しく心に残る
 改札口を出る頃には 雨もやみかけたこの街に
 ありふれた夜がやってくる・・・

 でも、これっきりで幕が降りるのならいいけれど、もう一度出会ったらどうする?
 私などは、たちまち駆け寄って、それからああしてこうしてああなって・・・と、まずはめでたし目出度しとなるに違いないけれど・・・。
「ン? そう八さんて、惚れっぽくて振られぽいんじゃなかったの? だから、ああしてこうしてああならず・・・と、まずは残念無念でしょ」
 フン、女性ってなんてリアリスト。この曲を聴いた時ぐらい、ああしてこうしてと素敵な夢に浸ってもいいでしょ。プンプン!!!

 ホント、もうびっくりおどろきがっかりしょんぼり!!!
 先日、わが愛するドンパチ映画の最高峰たる『ランポー 最後の戦場』を見に行った時のことである。
 映画は、無論、我が不死身のヒーローが、ドンドンパチパチ撃ちまくりバッタバッタと敵は倒れるものの、相手の銃弾は、なんたってこちとら不死身ときているから避けて通る。
 我が不死身のヒーローは、おまけに正義の味方。相手は命令されて戦っているだけの単なる兵隊さんだから、本来であれば、その兵隊さんを倒したらその妻や子どもはどうやって暮らしていくだろうとか、美人の妻ならば再婚すればいいけれど、不美人だったら結婚できず可哀想だとか、大いに我がヒーローは悩まねばならぬ。
 しかし幸か不幸か映画は120分で終わらなければならないので、我がヒーローは悩む暇などありゃしない。ドンドンパチパチ撃って撃って撃ちまくり、敵はバッタバッタと倒れて先ずは目出度しめでたし・・・てな訳で映画は終わったものの、問題は私の後のシートに座っている二人の男性の会話。
 私は、映画の始まる10分前に入ったのだけれど、その間二人がペラペラ話している内容が、まるでチンプンカンで、何を話しているのかまったく分からないのである。
「それで××××なら、*****になるし、△△△△でしょ」
「ウン、だって※※※※だし、もう☆☆☆☆☆しているのに、#####だよね」 
 私が分かった単語は、「インテル」と「ソニー」の二つの名詞のみ。後は、全て理解不能なカタカナ語を駆使してチンプンカンプン。
 フンだ!!! 我がニッポン国内でニッポン人がニッポン語で話している内容が分からないなんて、そんなバカな話ってある?
 どうも、コンピューターかインターネットに関することを話しているらしいが、私、パソコンもインターネットも駆使していると自負していたのに茫然自失。私って、まるっきり時代遅れになっているらしい。長生きはしたくないもんだ。
 映画が終わって後を振り向いて見たら、フツーの学生さん。コンピューターオタクでもなさそうである。にこやかに
「すごい映画!!」なんてフツーの会話をしている。でも、あのチンプンカンプン会話がフツーの会話なんて・・・信じられない!!! 
 それに、である。若い女の子達が
「あいつ、ウザイからチャッキョしちゃった。今度イタメルしてやる」とか
「彼ってイケメン。それでニケツして行ってアゲアゲなの」なんて話しているのを聞くと、これまた
「ン?」
 フンだ!!! 我がニッポン国内でニッポン人がニッポン語で話している内容が分からないなんて、そんなバカな話ってある?
 私は、もうチンプンカンプン会話に囲まれてプンプンプンのプン。大いに傷つき怒っている。

 『私が無駄に過ごした今日は、昨日 死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である』  ドキッ!!!
 これは、先日北九州市小倉区にある浄土真宗本願寺の小倉御坊・永照寺で行われた「引上会報恩会」で頂いた大型マッチに書かれていた文章である。
 そういえば、我がヒーローが撃って撃って撃ちまり、自分には敵の弾が絶対当たらないという「ドンドンパチパチバッタバッタ映画」を見て、いつもスカッと爽やかコカコーラ的気分に浸っているけれど、これって、ひよっとしたら無駄に過ごした時間?
 ウン、そう云えば、私は読書が趣味だったので「後期高齢者」になった時・・・ウーン、「後期高齢者」って政府推奨の言葉だけれど、馴染まないなァ。ヤッパ政府のオエライさんに申し訳ないけれど、言い方を変えて・・・私が老いて悠々の時を持てるようになった時、無駄に過ごすことがないようにと、若い頃から本を買いためていたのである。
 いわく「世界ミステリ全集全18巻(早川書房)」「世界SF全集全35巻(早川書房)」「異色作家短編集全18巻(早川書房)」。
 カタイ本では「漱石文学全集全11巻(集英社)」「谷崎潤一郎新々訳源氏物語全11巻(中央公論社)」「世界教養全集全34巻(平凡社)」「日本の歴史全18巻(集英社)」「叢書 文化の現在(岩波書店)全13巻」。それに極め付きは「世界の文学 ナント全100巻((中央公論社)」
 これ全て、ハードカバーの函入りのブ厚い本である。他に新書版で「メグレ警視シリーズ全49巻(河出書房新社)」文庫本で「日本探偵小説全集全12巻(東京創元社)」
 これって、自慢じゃないけれど、買った時ペラペラと頁をめくっただけで1頁も読んでいない。今、ため息をつきながら数えてみると、全部で318冊。
 それに、である。あまり大きな声で云えないが、リタイヤしてから聴こうと若い時からFMをエアーチェックして、せっせと録りだめしていた60年~80年代のオールデイズやフォーク&ニューミュージックの500本あまりのカセットテープを、後生大事に保管している。 
 私は、広縁でデッキチェアに横たわり、一日中録りだめしていたカッセトテープをBGMで聴きながら、待望の全集モノを片っ端からコオヒイを飲みながら読むというのが、私のあるべき素敵な未来像であった。
 ところが、我が息子達は、早くから
「その頃はテープは劣化しているし、目はかすんで本など沢山読める訳ないから、ムダムダ」と、エラソウな口をきいていたけれど、どうも、息子達は先見の明があったような気がする。
 と、云うのは、今、読んでいるのはミステリィの翻訳ものが多いけれど、カタカナ名前は「登場人物」の欄を何度も見直さなければチンプンカンになるし、4~5日後に続きを読もうとしたら、ストーリイを忘れてしまい10頁くらい前にさかのぼって読み直さなければならぬ。
 それに、若い頃は文庫本なら、わき目もふらず3時間位で最後まで読みとおしていた私が、なんと、今や2時間も読んだら、オシッコに行きたくなったり、うちのカミさんとどうでもいい会話を取り交わしたくなったり、普段は見ないTVを見たくなったりして、最後は
「読むのヤーメタ」となってしまう。それに、私は本屋さんに行くと、つい本を買ってしまうという悪癖があるものだから、机の横にツン読された本の標高は一向に低くならない。
 ホント、私の素敵な未来像はどこに行ったの?
 私が、カタイ本を買ったのは、「後期高齢者」・・・エーット、すみません。訂正させて頂くことにして・・・素敵な老後を迎えたら「知性と教養」にあふれた人間に変身して、若い人から憧れの眼差しで見られようと思って買った訳だけれど、この際、野望は捨てて、カタイ本は永久保存版として本箱に飾っておくしかあるまい。
 エ? 何? 
『私が無駄に過ごした今日は、昨日 死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である』でしょ。無駄に過ごさなければ、読めるはずよ・・・って。
 ウーン、そう云われても、スカッと爽やかコカコーラ的気分になるし、無駄も人生に必要なんだと思うけどなァ・・・。
 「だってソウハチさん。無駄な映画ばかり見て読みもしない無駄な本を買って聴きもしない無駄なテープをためこんで、無駄ばっかり・・・」
 だってねェ・・・・。

 昔、むかし、その昔
「お年寄りをいたわりましょう」と云っていたものである。
 しかし、時は移り、我がニッポンの頭脳明晰なオエライさんは、お年寄りのことを、「後期高齢者」というクールな言葉で表現して、頭脳明晰なれど「思いやり欠乏症」にかかっていることがバレてしまった。
 どうも、我がニッポンのオエライさんは、お年寄りを邪魔者扱いにしているらしい。
 戦争で夫を亡くし3人の子供を、多くの多くの多くの・・苦労を背負いながら女手一つで育て上げて生きてきた私の叔母が、百歳のお祝いの席で
「生きてて良かった」と流した美しい涙を、我がニッポンのオエライさんに見て貰いたかったと思う。
 そして、川崎洋さんの詩の最後の一節を、我がニッポンのオエライさんに捧げたいと思う。


   老年について   川崎 洋
 
    年をとった美しい森で
    生まれて初めて
    詩を書いてみたい

    そのあとで
    渇いているからおいしい
    というのではない水を
    一口飲みたい

    生きてることが
    岩の間から
    清水が湧いている
    というふうであれ
    という祈念

    肉体の愛についても
    たしかに
    20代の頃より
    熟してきているのでから

    決して決して無理でなく
    ふいに思うのだが
    齢を刻むことが
    何かを失っていくというのは
    肯定できない

※川崎洋・・・1930年生まれ。詩集「海を思わないとき」(1978年思潮社刊)より。

素敵に百歳

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 我が岡原家一族はいとこがいっぱい。なにしろ父の兄弟は13人もいる。その内、11番目のみゆき叔母さんは100歳で健在。かくして、叔父叔母の子は総数31人。その内26人は、皆、いいかげん年寄りであるけれど、「岡原家いとこ会」を結成して、毎年打ち揃って旅行などに行き、年寄りなにするものぞと、元気を振りまいている。
 と、思っていたが、世間はそう甘くない。我がニッポンのク-ルにして頭脳明晰なるオエライさんが、年寄りは年寄りたる自覚症状が足りないと怒り狂って、75歳以上のお年寄りは「後期高齢者」という呼び名をつけてしまった。ドキッ!!!
 どうも、65歳以上は「前期高齢者」、70歳以上は「中期高齢者」、80歳以上は「末期高齢者」、85歳以上は「終末高齢者」と呼ぶことにしているらしい。
 そして、ここだけの話だけれど「前期高齢者には、まあまあの薬」を、「中期高齢者には、ほどほどの薬」を、「後期高齢者には、いいかげんな薬」を、「末期高齢者には、どうでもいい薬」を、「終末高齢者には、名前だけの薬」を投薬させ、膨大する治療費を抑えるために
「延命治療なんて問題外、短命治療に徹せよ」と激を飛ばすことにしているに違いない。
 しかし、我が「岡原家いとこ会」のメンバーは、いずれかの高齢者レベルに所属するけれど、なんたって、百歳の叔母さんがいる。それにあやかって、ニッポンのオエライさんに悔し涙を出させようと
「百歳万歳、皆も百歳」をモットーにすることにした。
 と、云う訳で、今年は熊本県甲佐町に住む百歳になったみゆき叔母さんの祝賀会をすることになった。叔母は長男の中嶋敬介さんと一緒に暮らしていて、足は弱って車椅子に乗っているものの「見たり聞いたり話したり」と、何でも平気。
 今年は、さいたま市、北九州市、福岡市それから熊本県下の4市から、いとこ21名が熊本駅に集合。
 一同車5台に分乗して叔母さんの家に行き、笑顔でしわくちゃの叔母さんに抱きついたり、手を握ったりして、百歳のエネルギーのおこぼれを頂戴する。
 それから、車で「かみましき阿蘇観光サザンルート」を通り、150年前に作られた日本最大級の石造りアーチ式水道橋「通潤橋」に行き、壮大な放水を見て近くにある「通潤山荘」に到着。
 ゆっくり温泉に入って、それから盛大に祝賀会。漢詩をたしなむ下山八州夫さんが『百歳万歳』と題して漢詩を詠み、それを奥さんの書道家・公子さんが条幅に筆を振るい、掛け軸にしてプレゼント。

    百歳万歳
   亀齢鶴算興天長
   百福千祥萬壽觴
   一談一笑開盛宴
   岡原眷属有輝光

 そして、いとこの若手を代表して65歳の大村紀代子さんが、にこにこ顔の叔母さんに花束を渡すと
「ありがとう」と云ったきり涙で顔をぬらし、後は言葉にならない。そして、みんなで「ふるさと」を歌うと、叔母さんも一緒に歌って、又もや涙、涙。
 笑顔も素敵、涙も素敵。とっても素敵なお年寄りぶり、おばあちゃんぶりである。けっして素敵な高齢者ではない。
 フンだ!!! 我がニッポンの頭脳明晰のオエライさんなんて
「クソくらえ!!!」
 エ? 我が岡原家はそんな下品な言葉遣いはしないって・・・。ウーン、そうか、反省、反省。それなら
「クソくらってくださいませ」
 ネ、これならいいでしょ。

春うらら

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 春、春ですね。コートを脱いだ女性が、颯爽とピチピチプリンと胸をはって、街を闊歩する素敵な春である。
 そう、そして、春はなんたって、キャンデーズの「春一番」
 
 もうすぐ春ですねぇ
 恋をしてみませんか
 
 この曲を聴くと、賞味期限の切れた私でさえも、恋をしたくなるような気がする。ナーンて云っても、
「フン!」といわれるのがオチだから、せめて、俵万智の句にあるように

「ふうわりと並んで歩く春の道誰からも見られたいような午後」

 とあるような、恋にならないまでも、幸せ感じる人がいれば最高であろう。
 ところで、先月の末、博多に住む高校の恩師・大塚精一先生が入院しているというので、お見舞いに行くことにした。
 大塚先生は、大学を卒業してすぐ私たちの高校に赴任。だから、年齢があまり離れていないので、お友達気分でお付き合いしている先生である。そこで、恩師見舞いという大儀名分をつけて、我が青春のマドンナを誘い
「ふうわりと並んで歩く春の道誰からも見られたいような午後」を再現しようとしたところ、なんと、我が青春のマドンナは、他に3人も誘ったという。
 ウーム、下心付きお見舞いは、いとも簡単にバレてしまったようである。とかく、この世はままならぬ。
 かくして、JR小倉駅から乗った特急電車は満員状態。せめて我が青春のマドンナと一緒に座ろうと思ったのに、なんとバラバラ。
 病院についたら、先生はすこぶる元気。今日は外泊の許可を取ったので、
「皆でお花見をして帰ろう」という先生の嬉しいお言葉である。
 そこで、近くのスーパーでお花見弁当を買い、博多の桜の名所・舞鶴公園でお花見。3月末ということで、まだ桜はチラホラ状態だったけれど、なんたって
「花よりマドンナ」だから、
「マ、いいか」
 でも、
「ふうわりと並んで歩く春の道」の目論見は無残にくずれ、
「ぞろぞろと並んで歩く春の道」になってしまったのは残念である。
 行く途中、バカチョンカメラを買いパチパチ写したので、帰ってから現像して見たところ、会っている時は、ピンとこなかったけれど、写真で見たら、先生、すっかりオジイチャン化。
「先生、白髪で年取ったなァ」と、感歎したところ、うちのかみさん、それを見て
「あなた達とちっとも変わらないわよ」とのたまった。
 どうも、ヒトは私を見たら年寄りと思うらしいが、困ったものである。まだ、
「ふうわりと並んで歩く春の道」に憧れているのに・・・。
 それじゃあ、誰も歩いてくれないってこと? 

ホントにホント

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 IT業界の異端児とされているUSO800-NETWORKのホームページを覗いていたら、びっくりするようなニュースが掲載されていたので、その一部をご紹介したい。

 マデランス製薬が、画期的な発毛剤を開発した。それによると、男性がハゲになる原因は、女性のHホルモンの不足によるものとして、女性のHホルモンが多く含まれているあるアソコの皮膚2c㎡を男性の頭に移植した後、マデランス製薬が開発したクローイ発毛剤を塗れば
「すっかりハゲ模様」が「うっすらハゲ模様」に
「うっすらハゲ模様」は「ほのぼのハゲ模様」になることが判明した。
 そこで、コンピューターで無作為に選んだ女性100人に
「あなたのアソコの皮膚を、愛するハゲのダンナに提供しますか」というアンケートを取ったところ
「フン!」とか
「アホか!」とか
「バッカじゃないの!」とか、意味不明の回答しか得られなかったため、クローイ発毛剤の販売に踏み切っていいものか苦慮しているとのことである。

 わが国の賢明なるソーリ大臣は、アレもコレも参議院の反対にあって立ち往生してしまった。
 平々凡々人は、反対に合えば「足して2で割ればいい」と思ってしまうが、わが国の賢明なるソーリ大臣は、平々凡々人でないので、2で割ることを知らない。そのため、1+1=1+1=1+1・・・を繰り返して、一向に解決の目処が立たない。
 かくして、アアでもないけどコウでもないと悩みぬいていたところ、先月の9日(土)の朝、目が覚めたら一夜にして円形脱毛症・・・要するにカッパ風の頭になってしまった。
 賢明なるソーリ大臣が、ストレスに負けてハゲ頭になったということが分かると、世界に恥をさらす事になるので、三連休を利用して、世界に冠たるかつらメーカーにかつらを注文。メーカーも技術の粋を傾け夜を徹して製作、2月12日(火)には賢明なるソーリ大臣は、一見ソックリ頭で国民の前に顔を出すことが出来たとのことである。
 ただ、最近、賢明なるソーリ大臣は、
「皆がいじめるから、ハゲてしまった」と白状し、天下の同情を図って、現状打破を図ろうかと考えているそうである。
 
 アメリカのリサーチ会社・チキインアソシエーションが、カルフォルニア州の12番目の都市トーランス市で1997年から10年間にわたり実施していた人口動態調査のデーターを発表した。
 その中で、ハゲ頭の人の平均寿命が、同市の平均寿命より10年長いというデーターが含まれていたため、トーランス市での養毛剤の販売が約60%減少したそうである。
 そのため、アメリカ最大の養毛剤メーカー・ケハエールカンパニーが、「それは、統計上のデーターであって、医学的データーではない。誤解をまねくので、データーの削除を要求する」と強硬に抗議したため、公表データーから取り消された。
 しかし、すでにネット上でも公表していたため、ケハエールカンパニーは、全米に影響が現れるのではないかと心配している。

 今日はエプリルフール。だから、このニュースはウソだと思われるかもしれないが、それは大いなる誤解である。これはウソのようなホントの話である。清く正しく美しく生きている私が云うのだから間違いない。
 エ、何? 清く正しく美しくと云うのがウソなんでしょ、て・・・・。ホント、もう、しょうがないんだから・・・。

 昨年、残念というか遺憾というかアッタマにきたというかトンデモハップンというか、我が愛する冥王星が惑星から失格してしまった。
 冥王星は、宇宙戦艦ヤマトや銀河鉄道999に登場する由緒ある惑星だし、火星とか水星とかカレンダーまがいの味も素っ気もない惑星の名前と違って、冥王星という夢のある素敵な名前が付いているのに、それを惑星から抹消するなんて
「アホか!!!」と、私は怒り狂っていたのである。
 ところが、なんと嬉しいことには、先月、冥王星に代わって、第9惑星が誕生するかもしれないというニュースが飛び込んできた。
 このニュースは、神戸大学の向井正教授とパトリック・リカフィカ研究員が発表したもので、コンピューターでシュミレーションした結果、海王星よりはるか遠くに大きな軌道を廻る星が存在することが証明されたということである。
 その星は、主に氷で出来ていて重量は地球の3~7割、直径は地球並みの1万~1万6000キロとみられ、今後10年以内に発見される可能性が強いらしい。 
 私などは、北海道くらいなら、日常感覚でとらえることが出来るけれど、海王星は、太陽からなんと45億440万Km彼方。新惑星は、それからはるか遠く、と云うから
「フーン」と言うだけで、終わりである。想像を超えてしまう。
 その想像を絶するほどバカでかい太陽系は、我らが属する銀河から見ればほんのちっぽけな点でしかなく、そのバカバカでかい銀河は、バーカバーカでかい宇宙から見れば、点にもならない存在らしい。
 だから、宇宙は無限であると言えば、なんとなく分かったような気がするけれど、なんと、その宇宙は猛烈な勢いで膨張していると云う。
 それが、分かるくらいなら、宇宙とその外側の境界は何で出来ているのか、宇宙の外はどんな世界か分かりそうなものだけれど、誰も、教えてくれない。
 しかし、難しく考えるから分からないのであって、日常感覚で考えれば良いのである。
 無論、宇宙の外は文字通り天の国。だから、宇宙との境はピンク色のエアーカーテンで仕切られ、スケスケの羽衣を着た天女が、エロっぽく・・・ ン? 訂正、エーット、イロっぽく・・ ン? これまた訂正、エロイロ抜きで・・・これってつまらない世界だなァ、なんて思っては困る。羽衣はスケスケで・・・フワフワ舞っているのに違いないのである。
「バッカみたい」なんて、云って貰っては困る。見に行って確認した訳でもないのに
「バッカみたい」なんて、無責任なことを云って貰っては困る。
 だけど、私の血液型はA型。A型は几帳面とも云われるけれど、私はどちらかと云えば「どうでもA型」だから、ここは
「マ いいか」と、深く詮索しないことにしよう。
 そして、東京の三木谷美和さんの
「果てしなき 時空をこえていまどどく 星かげさやか われはささやか」という句のように、日常感覚は捨てて、ただ
「ポカーン」と星空を見上げている方がいいのかもしれぬ。
 え? 何? 都会はネオンの海で、星なんか見えないって?
 そうか、ネオンの海で、スケスケの方なんだ!!! ウーン、やっぱ、日常感覚に戻ることにしよう。

 2005年3月に始まった、待望の飽きないコマーシャルシリーズ第6回。
 ン? コマーシャルが待望される訳がないって? そりゃ、他のどうでもいいコマーシャルは、そうだろうけれど、これは特別仕立。コマーシャルを出している私が言っているのだから間違いない。
 
 1回目は「ここで、コマーシャル」
 2回目は「そこで、再びコマーシャル」
 3回目は「そこで、も一度コマーシャル」
 4回目は「そこで、又もやコマーシャル」
 5回目は「そこで、何度もコマーシャル」
 
 それで、コマーシャルだから
「ハイ、×をクリック」なんて、残酷無比なことは云わないで、
「ホント、しつっこいんだから」とボヤきながらでも結構ですから、最後まで読みましょう。感動のあまり、涙ウルウルになるに違いありません。
 そう、これって、作詞栗原一登、作曲團伊玖磨による合唱組曲「北九州」定期演奏会のコマーシャル。これに出演する合唱団「「北九州をうたう会」の150人のメンバーの一人が私。
 今年は、スッゴイ年です。私たちが歌う合唱組曲「北九州」が誕生して30周年、「北九州をうたう会」が結成されて15周年、私が合唱団に入会して10周年、私の花粉症暦25周年。周年オンパレード。と、思いきや、ナント、花粉症暦25周年がなくなってしまった。ホント、今年は花粉症なし。これ、ウソのようなホントの話、ユメのようなホントの話。
 それで、毎年、2月から飲み薬1種類、目と鼻と喉の薬はそれぞれ2種類、7種類の薬を駆使して演奏会に備えていたのが、ナント、今年は薬代タダ!!!
 かくして、身もポケットも晴ればれ。ウーン、これって私の日頃の行いが良いせいであろう。
 今年は合唱組曲「北九州」が誕生して30年。これを記念して、演奏会の第一部に作詞家栗原一登さんの娘・女優栗原小巻さんと北九州在住の作家佐木隆三さんの対談がある。ね、スッゴイおまけ付きでしょ。そこで感動のコマーシャル第1弾。
『チケット、たった2000円。感動満載の我が演奏会へどうぞ』 
 そして今年は、「北九州をうたう会」15周年という訳で、何故か、私が15周年記念誌を編集.。パソコン相手にうっすらハゲ模様の頭と老眼を酷使して、堂々60頁の記念誌を作成しました。そこで感動のコマーシャル第2弾。
『定価、タッタ1000円。素敵満載の我が記念誌をどうぞ』
 エ? 何? ゼーンゼン感動しないって? そう八さんだけ勝手に感動してるのじゃないかって? おかしいなァ。 本当? 信じられない!
 ウーン それじゃあ、演奏会に来て感動して・・・。ね。
 
  合唱組曲「北九州演奏会」~30周年記念公演~
    
    日 時   3月9日(日) 開演15時
    場 所   九州厚生年金会館(ウエルシテイ小倉)
    入場料   2000円

   プログラム
    第一部  チャイコフスキー 
          バレー組曲「くるみ割り人形」op.71a
            指 揮/増井信貴
            朗 読/栗原小巻
            管弦楽/九州交響楽団
          30周年記念対談
            栗原小巻・佐木隆三

    第ニ部  合唱組曲「北九州」
            指   揮/増井信貴
            管 弦 楽 /九州交響楽団
            合   唱/「北九州をうたう会」
                   市内中学校合唱部
            児童合唱/市内少年少女合唱団
            祇園太鼓/小倉祇園太鼓保存振興会
        
  演奏会の詳細は主催者(財)北九州市芸術文化振興財団のホームページをご覧あれ。

 昨日は、バレンタインデイ。
 ニッポン全土津々浦々に本命チョコ、告白チョコ、義理チョコ、ファミリーチョコ、自分にご褒美チョコ、友チョコ、感謝チョコ、励ましチョコ、母心チョコ、夫婦チョコ、癒しチョコ、二股三股チョコ、海老鯛チョコ、男性の見栄っ張りチョコと、チョコが飛びかって喜怒哀楽のシーンが展開されたはずである。
 しかし、最近は
『義理もまた 愛に変われと 願いつつ』という義理チョコならいいけれど
『義理チョコの 価格談合 女子社員』となるくらいなら、人道支援まがいの義理チョコなんて、
「ヤーメタ」という、理性に目覚めた女性が多くなってきているようである。
 かくして、チョコが少なくなった男性は
『自慢チョコ レシート出てきて 妻にバレ』となり、オカワイソウな場面が展開されたにちがいない。
 しかし、私のように
『チョコ貰い 脳年齢が 若返る』人もいるのだから、義理チョコだって捨てたものじゃないのである。特に、青春真っ只中の女の子などの
『チョコを抱く 少女に恋の 気配する』義理チョコなんて、
「いいな」って思ってしまう。
 これって、きっと、はかなく消えた恋になってしまうのだろうけれど、貰った男の子は、心の引き出しにそっとしまっておくはずである。
 
そう、そして大人になって、飯島耕一の詩「鉄橋」のように・・・。


    鉄橋   飯島耕一

  昔 ずっと昔
  好きだった女の子が
  今住んでいる町の鉄橋を
  急行電車が通過した
  旅行中のこと

  その子も今は子供もいて
  どこかの会社の課長
  夫人くらいだろう

  が 瞼に浮かぶのは
  16歳のセーラー服の彼女のこと

  時が経った

  鉄橋が高鳴っているあいだ
  胸がつまった!


※ 引用した川柳は㈱メリーチョコレートカンパニーが、今年募集した『バレンタインどきどき、ワクワク川柳募集』第10回入選作品。作者は引用した順から
  ・男性/50歳/会社員/埼玉県所沢市
  ・男性/56歳/Gデザイナー/大阪府吹田市
  ・男性/68歳/無職/愛知県瀬戸市
  ・男性/50歳/自営業/鳥取県米子市
  ・男性/64歳/無職/大阪府摂津市

 私が見るTVは、ニュースと音楽番組と映画。バラエティ番組は苦手である。美人で可愛いタレントさんが大勢出てくるのは良いけれど、笑う時は、何故か一斉に手を叩く。昔は、手を口にあててヒン良く笑っていたものである。
だから、笑う場面に拍手は馴染まない・・・てな事を言ったら
「それって、オジサンまるだし」
 ウーン、でも、私が手など叩いて笑ったりしたら
「バカまるだし」って云うんでしょ。フン!
 でも、私の周囲のフツーの人たちは、まだ手を叩いて笑うようなヒンのない人はいないけれど、TVに出る人たちは、目立たなければならぬという宿命を帯びているから、その内に、だんだんエスカレートしてきて、ピョンピョンと跳ねがら笑うようになるかもしれぬ。
 ところで、私がTVで見る音楽番組は、NHKは総合TVの「SOBGS」と教育TVの「N響アワー」、それにフジテレビ系の「ミュージックフェアー」
 この「SONGS」で1月16日にリクエスト集があり、私の大好きな高橋真梨子と竹内まりやが出演。この中で、竹内まりやが歌ったのは『人生の扉』
 この曲は、昨年5月に発売された彼女のオリジナルアルバム『Denim』の中で、一番私の好きな曲である。
 このアルバムのタイトルは、時間の経過と共に色あせていく“デニム”から発想を得たということである。このタイトルにぴったりのこの曲『人生の扉』は、若い人たちにとっては、人生の応援歌として受け取られているようであるが、70代の扉を開けて人生のカウントダウンが始まった私にとっては、
「長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にもあるさ」というフレーズを聴くと、もう80代の扉を開けることはないかもしれないけれど、
「人生って、捨てたものじゃないさ」と、思ってしまう。
 そう、年を重ねるってことは素敵なことだよ、と言えるように生きて行きたいものである。

     人生の扉   作詞作曲 竹内まりや

  春が また 来るたび ひとつ 年を 重ね
  目に映る 景色も 少しずつ 変わるよ
  陽気に はしゃいでた 幼い日は 遠く
  気がつけば 五十路を 越えた私がいる
  信じられない 速さで 時は 過ぎ去ると 知ってしまったら
  どんな 小さなことも 覚えていたいと 心が言ったよ

  I say it's fan to be 20
  You say it's great to be 30
  And they say it's lovely to be 40
  But I feel it's nice to be 50

  満開の桜や 色づく 山の 紅葉を
  この先 いったい何度 見ることになるだろう
  ひとつ ひとつ 人生の扉を開けては 感じるその重さ
  ひとり ひとり 愛する人たちのために 生きてゆきたいよ

  I say it's fan to be 60
  You say it's alright to be 70
  And say still good to be 80
  But I'll maybe live over 90
 
  君のデニムの青が 褪せてゆくほど 味わい増すように
  長い旅路の果てに 輝く何かが 誰にでもあるさ

  I say it's sad to get weak
  You say it's hard to get older
  And they say that life has no meaning
  But I still believe it's worth living
  But I still believe it's worth living

 私、福岡県行橋市にある京都高校(無論キョウト高校ではない。九州の古き由緒あるミヤコ高校である)を卒業をしているが、同窓の高城義行君から「古希の集い」の案内が届いた。最初、その手紙を見た時、“古希って恩師の?” と思ったところが、とんだ勘違い。古希って70歳のお祝いだそうである。だから、今年70歳を迎える私たちの祝いをしようという手紙だったのである。
 
 『人生七十古来稀』
 防空頭巾を手にして校門をくぐった春の日々、初めての夏休みに原爆は投下、そして終戦です。6歳、7歳の夏でした。まだまだ幼くして、その現実を理解できないまま、元気に駆け抜けて過ぎました。
 京都高校、そこは望んでも出来ない出逢いの場でした。切磋琢磨した青春の日々、そして学校へ社会へと、道はそれぞれ分かれて50年が過ぎました。
 幾多の悲哀、困難も「負けられません勝つまでは」です。息災に又病を乗り越えて、今、平穏に古希を迎えます。
 元気に生きて来たことに感謝して、これからの健康な生を祈願するため、宮司廣瀬文夫さんのお祓いを受け、引き続き京都ホテルでお祝いの会を開きます。
 あの日の出逢いを大切に 皆さまご参集ください。

 この手紙の文章を書いたのは、我らがマドンナ小田美奈子さん。なんたる不公平と思うけれど、天は三物を与えて、彼女は美人で文章がうまくて字がきれい。「そう八さんだけ来てください」でないのは残念だけれど、彼女からのお誘いとあればホイホイと行かざるを得まい。
 でも、古希といえば、私、白い口髭をして杖を突いた水戸黄門風のおじいちゃんのことだと思っていたのに、なんと私が古希の祝い?
 私は、ジーパンに冬はセーター、夏はTシャツが定番なのに、ああそれなのに水戸黄門風だなんて・・・と、絶句すると、
 うちのかみさん、曰く
「あなたが勝手にそう思っているだけのことで、世間は甘くないわよ。あなたって、立派な老人」
 そんな訳で、1月12日(土)に行橋市にある「正の宮 正八幡宮」に行く。午前中は雨模様なれど、私は、日頃の行いが良いことになっているので、当然ながら晴れ。
 ここの宮司さんは、同窓の広瀬文夫君である。境内に人いっぱい。なんと70人ほど。よくぞ、こんなに沢山古希の人ばかり集めたと思ったけれど、なんてことはない、みんな同級生だから同じ70歳。当たり前である。
 広瀬君が、うやうやしく祝詞をあげてお祓いをする。いつも会う時は、宮司抜きのフツーの人だけど、神主の衣を装うと、厳かに別人みたい。何故かありがたみ溢れ、皆、頭を垂れてお祓いを受ける。
 終わると、京都ホテルでパーティ。私たちは、*青春旅行(老春旅行ではない)を毎年2回(1回は日帰り、もう1回は1泊で)しているので、ほとんど顔見知り。だけど、“エ?” という顔の人も居る。それに、うれしいことには、あまり見かけなかった3番目と5番目の初恋の君も来ている。
 エ 何? 初恋の人は一人なのにって? だって、私は、フラレぽくってホレ易い体質でしょ。だから、フラれては初心に戻って、初恋をし直している訳。これを称して浮気っぽいって言う人がいるけれど、とんでもない。真面目な証拠である。
 パーティの前に、集合写真を撮る。「ハレーションを起こすから、フラッシュは焚かない方がいい」と、誰かが叫ぶ。うっすらハゲ模様のスネにキズ持つ私は、一瞬ドッキリするが、冗談である。
 パーティが始まると、あちこちウロウロ廻っておしゃべりして廻り忙しい。ドリンクコーナーに「初恋の味 カルピス」があったので、それを持って3番目の初恋の君に行く。そして
「これを一緒に飲みたかった」と云ったら「アッハハ」と笑われて終わり。仕方ないので、5番目の初恋の君の所に行って、同じ台詞をはいたら
「女の人に、同じこと云って回っているのでしょ」と、何故かミエミエである。
 これだから、何度も初恋をするはめになったに違いない。
 なにしろ、我がマドンナ小田美奈子さんが書いているとおり、卒業して50年、なにしろ半世紀に亘る付き合いをしている訳である。昔むかしは知らないけれど、幸か不幸か、今や、男女の区別もなくなって、下心もなく清く正しく美しいお付き合いをしている訳だから、おしゃべりは弾んで尽きることがない。
 でも、やがてお開きの時間となり、今度は77歳の喜寿のお祝いのパーティで会いましょうと約束して散会。シブシブ帰途についたものの、家に帰ったらお腹がグウグウ。だから、
「しゃべるのが忙しくって、少ししか食べられなかった」と、お茶付けを頼んだら
「食べる暇もないくらい、何のお話しをしたの?」
 ウーン、そう云われれば、ウジャウジャしゃべったけれど、何をしゃべったのか覚えていない。でも、楽しかったなあ・・・。会って話しただけでシアワセ感じるなんて、ウン、やっぱ70年生きてて良かった!!!

 *2005年2月15日号掲載の「ああ 青春!!!」もご覧ください。

            新 年       

    それは昨日に続く今日の上
    日常というやや平坦な場所に
    言葉が建てた素晴らしい家
    世界中の人の心が
    何の疑いもなく引っ越して行きました
               ーー石垣りんーー

 そう 今日は昨日の続きで、太陽が別に鮮やかに輝いている訳でもなし、雪が別にキラキラと舞いながら降ってくる訳でもないし、風が別に鮮明に吹いている訳でもないけれど、誰もが特別な日と感じる不思議な日、お正月。ウン だから、とにもかくにも
 
 あけましておめでとうございます。
 
 ところで、お正月映画にゴジラがいなくなって、もう3年目。残念無念クチオシヤと思っていたら、居たんですね、ゴジラ!!!
 昨年末に『ALWAYS 続・三丁目の夕日』を見に行ったら、出たんです、ゴジラ。
 私は、ドンパチのB級洋画専科だから、邦画は吉永小百合さんとゴジラの出る映画しか見ないということになっている。でも、吉永小百合さんに悪いけれど、私好みの女優さんが出てくれば、コッソリ見に行くことにしていて、その内の一人が薬師丸ひろ子さん。
 彼女が出る映画を最初に見に行ったのは、デビュ-して3年目の『セーラー服と機関銃』
 ドンパチ機関銃の映画は見に行くことにしているので、そのつもりで行ったところがセーラ服を着た可愛い女の子が
「快感!!!」と叫びながら機関銃をブッ放すシーンに、もうオドロキ・モノノキ・サンショノキ。
 なんたって、“大好き機関銃”でしょ、それに“可愛い女の子”でしょ、おまけに「快感」という言葉にシビレてしまって、もう云うことなし。これでハマらずにおらりょうかという訳で、以来、彼女がセーラー服を卒業し割烹着が似合うようになっても、断固としてファンのままでいる。
 そういう訳で、『ALWAYS 続・三丁目の夕日』を見に行ったところ、映画が始まった途端、「ズシン・ズシン」とあの懐かしい地響きを響かせて「グォアー」とゴジラが登場。嬉しかったねえ、ゴジラに会えて・・・。
 でも、もったいないことには、たった2~3分でゴジラの場面はTHE END。
 そこで、山崎監督さんにお願い。また「続・続三丁目の夕日」を作ってもらって、今度は、横浜湾あたりにゴジラを出現させ、三丁目まで30分くらいかけて「ズシン・ズシン・グォアー」と、上映してもらいたい。これって、真剣なお願い。
 ところで、このゴジラについて、嬉しいことには国会で議論になったそうである。
 大体、政治家とお役人さんは、エライ人だから「義」の人と思っていたら、同じ「ギ」と云っても「ギ」違い。「偽」の人と分かってガッカリしたけれど、ゴジラについて議論するなんてユーモアの分かる政治家もいることが分かって見直すことにした。 
 12月18日に民主党の山根隆治参院議員のUFOの存在に関する質問主意書に関連し、政府は、いつもの通り
「存在しないと言えないことはないこともないが、存在するということは有り得ないことでもないと推測されないこともないこともない」というアアでもないけどコウでもない式のステートメントを発表するのかと思ったら、なんと
「地球外から飛来してきたと思われるUFOの存在を確認していない」という味も素っ気もない答弁書を発表してしまった。これって、場違いもいいところ。ここは「アアでもないけどコウでもない」式のステートメントの方がいいのに、やっぱりニッポン国の政府ってセンスないんだ。
 でも、これに関し、石破防衛大臣が記者会見で
「UHOは外国の航空機ではなく、領空侵犯への対応は厳しい。攻撃を仕掛けてこなければ防衛出動にはならない。しかし、ゴジラが来たら天変地異だから、自衛隊の防衛出動が可能」と云ったそうである。
 ニッポン国を背負って立っているというおごそかな顔をした防衛大臣のことだから
「そんなアホな質問には答えられません」と云うのかと思ったら、意外。こんなユーモアのセンスがあるなんて、思ってもいなかったので、「偽」の人が溢れる政治の世界だけど、まだまだ捨てたもんじゃないと安心した次第である。
 だから、政治家もお役人も、もともとカシコイ人だから、今年は「義」に目覚め、ここらでボツボツ、ニッポン人が持っている本来のあるべき姿に戻って来るのではないかという気がする。
 そして、脳科学者茂木健一郎が
「未来とは予測するものではなく、自分で創るもの」と云っている通り、あなたも、未来を信じて・・・そう、自分が作る未来なんだから・・・悩んだり苦しんだりしても、自分を信じ自分を励まして、夢を織り上げていきましょう、ね。楽な生き方に、感動はないのですから・・・。
 そして、今年も沢山いいことが あなたにあるように A Happy New Year!

  
  A HAPPY NEW YEAR   松任谷由美
 
   A Happy New Year!
   大好きなあなたの部屋で
   凍る街路樹ぬけて急ぎましょう
   今年も最初に会う人が
   あなたであるように はやく はやく

   A Happy New Year!
   新しいキスをください
   そして鐘の音 通りにあふれて
   今年も沢山いいことが
   あなたにあるように いつも いつも

   A Happy New Year!
   今日の日は ああどこから来るの
   陽気な人ごみにまみれて消えるの
   こうしてもうひとつ年をとり
   あなたを愛したい ずっと ずっと

   今年も沢山いいことが
   あなたにあるように いつも いつも

※ このホームページの「不動産コンサルタント」の「業務案内・ご挨拶」の頁の末尾に、私の今年の年賀状を載せていますので、是非、読んでください。

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