「風に吹かれて 2009」の記事

 1日が24時間もあるなんて信じられないほど、時は駆け足で走りぬけ、街はクリスマスを装って、今年もまもなく THE END。
 私は、クリスマスソングを聴くと、ほのぼの幸せ気分になってしまうので、12月は大好きな季節である。
 だから、今も、オールデイのクリスマスソングを聞きながら、パソコンのキイを叩いているけれど、我が街のタウン誌『おい街』には、「イルミネーションに誘われて」と題して

  風の冷たさが肌にしみるようになり、小倉の街だけでなく門司港や
  八幡、若松の街は暖かな光が灯され淡く照らし出される。
  輝く光に引き寄せられ、手を取り合い肩を並べて歩く恋人達。
  光の動物達にはしゃぐ子ども達。
  昔を思い出すように同じ歩調でゆっくりと歩く、お父さん、お母さん。
  イルミネーションの光は私たちに感動とときめきを与えてくれる。

 そう、私もイルミネーション大好人間。私の住む街の小倉井筒屋クロスロードからリバーウォークにかけての光に彩られた通りを歩いて、気分的には
 「手を取り合い肩を並べて歩く恋人達」となりたいけれど、
 でも、ホントは
 「ゆっくりと歩く、お父さん、お母さん」でもなく
 「トボトボと歩く、おじいさん おばあさん」
 ウーン、残念。人生なんて説明のつかないことばかりである。
 ところで、あなたはイルミネーション、誰と見に行くの?
 
 今、スピーカーから山下達郎の名曲「Christmas eve」が流れているけれど、洋楽のクリスマス・ソングはハツピイ・クリスマスが多いのに、日本は切ない曲の方が多いような気がする。
 歌人・俵万智も
 『罰としてくるクリスマス・イブは雨 聖しこの夜一人で眠る』と、別れのクリスマスを詠っているけれど、これって、ポイした方だから、いまさら後悔しても、マ、仕方ないよね。
 でも、今年、物も心もデフレと眠れぬ夜を重ねて、ハツピイ・クリスマスなんて歌う気になれないと云う人も多いに違いない。 
 だけど、心凍える時があっても、1杯のコオヒイで、
 「ああ、おいしい」と思ったら、それって、ちっぽけなことだけれど、幸せ・・・と感じることができたら、そう、あなたは、どんなつらいことがあっても、それを乗り越えることが出来る、ウン、きっと、乗り越えられる人だと思う。
 そう、幸せなんて、向こうから来るものではなくって、自分から作っていくものだから・・・。
 だから、悲しみは封印して、来年はせめて
『夢 くもり、ときどき晴れ』となりますよう、今、生きづいていることを疎かにしないよう生きてゆきたいものです。
 今年、この『夢旅人』の頁を開いていただきまして、有難うございました。
 また、来年も笑顔でお会いできますように・・・。

 11月に、中島みゆきが「紫綬褒章」を貰ったけれど、その感想が
 「棚から本マグロ」
 エライ方々の授賞の言葉は数々あれど、中島みゆきのが最高!!! 久しぶりにみゆき節を聞いた気がした。さすが中島みゆきである。
 授賞されたせいでもないだろうけれど、NHKBSTVで11月23日(月)と27日(金)の2回にわたって、BS熱中夜話「中島みゆき」が放映された。
 私の好きな歌手は、云うまでもなく男性は井上陽水、女性は中島みゆき。
 陽水は、時々TVに出るけれど、中島みゆきは、TVには絶対に出ないし、TVで取り上げられることも少ない人である。
 だから当然、ミタ! みた!! 見た!!!
 放映された内容は、司会やコメンテーナーの他に,中島みゆきの熱烈ファンが30人ばかり出演。中島みゆきは出演しないものの、彼女の恋歌などのビデオが流され、その歌詞について、出演者がこもごもにその魅力を語るという番組である。
 1976年頃、中学生だった息子の部屋の壁に長さ1m、幅50cm位のポスターが貼ってあった。女性が床の上に膝を少し立てて横座りしている写真である。暗いバックに黒い衣装、顔だけほのかに見えて、それがなんと私好みの美人。
 聞くと、それが中島みゆきだと言う。タレントの写真には珍しいそのネクラな写真に引かれて、息子からレコードを借りて聴いたのが「時代」である。
 以来、私は無条件に彼女のファンとなり、息子は中島みゆきを卒業して、さっさとジャズに転向したけれど、私は中島みゆきから卒業することも出来ず、いまだにファンをしている。
 なんたって、レコード時代から深く静かに潜行して30有余年のキャりアを持つファンである。言うなれば長老ファンである。23日のTVに出演していた30代~40代のファンなんて、私から見れば、ファンのヒヨコみたいなものである。
 それに、である。自慢して言う訳ではないが・・・と云いながら、トクトクと自慢するけれど、私は、今年で16回を数える『夜会』の1989年に開催された第1回目のコンサートを見ているのである。スゴイでしょ。
 コンサート会場は、渋谷・東急Bunkamuraの劇場「シアターコクーン」。『夜会』という名前も、会場の「シアターコクン」も、「20時開演」もすっごくお洒落に感じられて、それだけで行きたくなってしまった。
 20日連続で行われるコンサートだけれど、700席あまりの小ホールだから、チケットを取るのは至難の技という前評判だったので、東急関係者にコッソリ頼んでゲット。
 今でも、後生大事にチケットとプログラムを持っているけれど、MR23番。1Fの横1列の席である。周りは、「夜会」にふさわしく、ドレスアップした女性ばかり・・・ならともかく、隣にはいけすかない男付きである。こちとら、男一人でおまけにオジサン。顰蹙を買いながらも、気分はときめいて・・・ウン、みゆきムードにどっぷり!!!
 普通のコンサートと違って、みゆきがお芝居をしながら歌うという、これもお洒落なステージだったけれど、みゆきの演技力にびっくり!!! 
 どっぷり、びっくりの連続だったけれど、アンコールで、ギリシャの女神を思わすような衣装を着て『二隻の舟』を絶唱。これが圧巻!!!
 ところが、プログラムの表紙の裏に小さな封筒が付けられていて、この歌の歌詞カードが入っていた。その時は、
 「ン?」と思ったけれど、数年後『夜会』では,この歌を必ず歌うと聞いて
 「ウン」と納得したものである。この『夜会』の最後のフレーズは

 わたしたちは二隻の舟
 ひとつずつの そしてひとつの
 わたしたちは二隻の舟
 
 中島みゆきは、二隻の舟を自分とファンをに見立てているのであろう。そう、
 「みゆきとそう八さん」と言うように・・・・
 エ?、何? とっても、まったく、ぜんぜん、これっぽちも似合わない、長老ファンが出てくる幕じゃあないって・・・。
 フーン、ザンネン。それじゃあ、二隻の舟は
 「そう八さんと誰かさん(特に名を秘す)」にしよう。
 ウン、これならいいでしょ。 

 なんたって、我が愛するジャイアンツが、ついに日本一!!!
 ジャイアンツが優勝を目指して戦っている時、私が加入している合唱団「北九州をうたう会」は、静岡県伊豆の国市で開かれる文化庁・静岡県主催の「第24回国民文化祭・しずおか2009」の「合唱の祭典」に出演して、團伊久磨作曲・栗原一登作詞の合唱組曲「北九州」を歌うことになっていた。
 ウーン、これって大問題である。
 ハムレットは「To be,or not to be,that is the question」と悩んだけれど、私も、ハムレット同様
 「合唱団に参加すべきか、参加せず家でニコニコと我が愛するジャイアンツの優勝シーンをTVで見るべきか、それが疑問だ」
 ・・・てなことで、クヨクヨ悩んでいたら、うちのかみさん、曰く
 「だって、ジャイアンツが優勝するって決まっている訳ないでしょ。負けるシーンを見ることになったらどうするの。大体、そんなことで、ハムレットを持ち出すなんで不謹慎よ」
 うちのかみさんは、いつも正論を吐く。
 アメリカの作家パーネル・ホールが『依頼人がほしい』というミステリィのなかで
 「正論だ。ここがわが妻の大きな問題のひとつだ。彼女は頻繁に正論を吐く」と書いていたが、ホント、パーネル・ホールに同感である。
 私が、カクカクシカジカ理論整然と、我が愛するジャイアンツが負ける訳がないと云っても、うちのかみさんから云えば、それは屁理屈。正論に勝つわけがない。
 かくして、私は国民文化祭に参加した訳だけれど、7日の夜は「合唱の祭典」の出演者交流会。日本の合唱団が一同に会しての大パーテイだから、私、すっかりイイ気分。
 ここだけの内緒の話だけれど、我が愛するジャイアンツは吹っ飛んでしまった。それで、パーティが終わって宿舎の玄関にたどり着いた時、やはりジャイアンツファンである合唱団の大先輩の携帯電話に奥さんから電話。
 「大変!!! 今、9回裏ジャイアンツが2対0でリード」
 2人とも、すっ飛んで部屋に戻りTVのスイッチオン。場面は2アウト打者三振、感激の大シーン。バンザイ、ばんざい、万歳!!!
 我が愛するジャイアンツの優勝のシーンを見ることができた。
 でも、大先輩の奥さんは、わざわざ携帯電話を掛けてきたけれど、うちのかみさんからは音信不通。
 ネ、 これって何? どうもうちのかみさん
 「亭主元気で留守がいい」を満喫していたに違いない。トホホホ・・・。

愛ってなあに?

| コメント(0) | トラックバック(0)

 28日の朝日新聞の一面広告で財津和夫のニューアルバムの広告が出されていた。
 財津和夫は、私の数少ない大好きな男性アーティストの一人でもあるけれど、アルバムタイトルがいい。
 『ふたりが眺めた窓のむこう』。お洒落でセンスあふれたタイトル!!!
 この広告が出た日、NHKTVの音楽番組SONGSで「財津和夫Part 1」が放映された。
 このアルバムは、彼のオリジナル曲のほかに他のアーティストによる作品提供やコラボレーションもあるそうだが、この日の番組では、ASKAとの曲づくりの過程が撮影され、2人が作った曲『愛していたい』も演奏された。
 ASKAのあの特徴のある歌い方と、財津和夫のやさしい声がマッチして、私、スッゴクご機嫌。ホノボノと誰かさんを"愛していたい"気分になりました。
 このアルバムは『愛』をモチーフにした曲づくりをしているそうだけれど、今、時代は愛不足。このアルバム、きっと受けるだろうなぁ・・・。
 と、いう訳ではないだろうけれど、我がニッポン国のか弱き人たちの期待を担って颯爽と登場した天下のソーリ大臣が、26日に国会で「友愛」をちりばめた所信表明演説を行なった。
 何たって、歴代のソーリ大臣の無味乾燥にして格調高き演説と違って、愛、溢れる演説である。ホント「宇宙人」の名にふさわしい演説で、私のように「愛」大好き人間にとっては、ホレボレするような・・・。
 エ? 何? 「そう八さんの"愛"って、天下のソーリ大臣のいう"愛"とは違うんじゃないの?」・・・て。
 ホント、失礼なんだから・・・。痴性と狂養・・・ン? 変換間違い、知性と教養に溢れた私が、そんなHな愛なんて思う訳がないでしょ。
 「誰もHな愛なんて云っていないのに、ホラ、そう八さん、墓穴掘っちゃた」
 だって、そんな言い方だったでしょ。何だか罠にかかたみたい。
 だけど、私はともかくとして、天下のソーリ大臣は『愛』の意味を分かっているのかなぁ・・・。


 愛ってなあに?     田村 隆一

 青年のときには
 愛
 という言葉がぼくには苦手だった
 特に詩のなかで
 愛
 という言葉がどうしても使えなかった
 人類や国家や世界を
 愛するなんて
 ぼくにはできない なぜなら
 愛の対象となりうるものは
 抽象的なものではないからさ
 人 血のリズムによって存在するもの
 物 小さな物 その存在によって
 人の心に平安とやすらぎをあたえてくれるもの
 それだけが愛という言葉にこたえてくれるのだ
 その愛によって人は
 人類と国家と世界を新鮮な眼ではじめて
 見ることができる
 あるお嬢さんがぼくにたずねた
 「愛ってなあに?」

 ※ 田村隆一ーー1923年~1998年。詩誌「荒地」創刊。軽妙洒脱なエッセイを書くと共に、海外ミステリィの翻訳も多数。上記の詩は、詩集「水半球」より。

 秋。待望の秋である。なんたって、夏は暑いからキライだし、冬は寒いからキライ。
 だから、必然的に寒くもないし暑くもない春と秋が好きになるけれど、たそがれ時を迎えている私にとって、春はまぶしく華やかすぎて身に余る。
 それに比べると、秋はぴったり。
 そして秋は、芸術の秋。秋は音楽が似合う季節である。
 と、いう訳で、10月3日(土)NHKBS放送で1時間半に亘って放映された『美のメロディー・音楽の女神たち』を見た次第である。
 この番組って凄い! 演奏するのはなんたって"女神たち"。女神ってモチ美人でしょ。だから凄い!!
 そりゃ、素敵な美人と一緒にコンサートに行けたらいいけれど、それって儚い夢。だから、せめて素敵な美人が演奏するのを見るしかない。 
 それに、私は、何故だか分からないけれど、男性のより女性のアーティストの方が大好き!!!
 だから、男は一人も出演しないというこの幸せ溢れる番組を作ったデイレクター、あなたはエライ。きっと、私に似たイイ性格をしているに違いない。
 それに、この番組では、13組のアーティストが出演したけれど、ヴァイオリンの川井郁子でしょ、歌手の平原綾香でしょ、ギターの村冶佳織でしょ。大・大好きなアーティストが3人も出演。
 私は、ホレボレと見とれながら・・・エーット、訂正、ホレボレと聞き惚れながら見た次第である。
 川井郁子は、毎週土曜日の夜、テレビ東京系の番組『ミューズの晩餐』の司会で出演、ゲストのアーティストと1曲だけコラポレーション演奏をしているので、毎週TVで会っているいるようなものだけれど、司会役でしょ。質問が主だから、彼女自身のトークはあまり聴けなかったけれど、この番組ではゲスト。
 だから、司会役の清水ミチコとのトークがいっぱいあって、その彼女の声と素直な話し方に心魅せられ幸せいっぱい。大・大・大好きにランクアップしました。
 最後に、ドボルザークの「新世界より」を川井郁子・平原香織・村冶佳織・上松美香・小林香織・SEASONS・LOVE・Rinaで大演奏。
 女神の美しさと彼女達の奏でる華麗な音色に二重に圧倒されて、ただただうっとり。甘美なひとときを過ごすことが出来ました。
 この番組のデイレクターと女神達の持ち味を引き出して「新世界」をアレンジした作曲家に乾杯!!!
 ウン、秋は寂しさ感じる季節だけれど、暖かな秋色もあるんですね。

 『金持ち喧嘩せず』という諺がある。お金をたんまり持っている金持ちは、あくせくすることもないし、気性も鷹揚になるから、ちょっとの損得に目くじらを立てないという意味らしい。
 ウン、私はビンボウー人。だから、「金持ち喧嘩せず」の気持ちなんて
「シーラナイ」と云いたいところだが、それって大間違いのコンコンキチである。
 私、ビンボー人なのに、なんと、あくせくすることもないし、気性も鷹揚。ちょっとの損得に目くじらを立てない・・・どう、すごいでしょ。
 「お金持ちでないのにどうして?」
 これはね、我が愛するジャイアンツの試合に関してのオハナシです。
 我が森家は先祖伝来の由緒あるジャイアンツファンである。だから、我が愛するジャイアンツが負けるなんて不合理なことはあってはならないと信じているから、TVで見るのはジャイアンツが勝った試合だけ。
 勝っていても、途中で同点になったら、TVのスイッチOFF。だから負けた試合など見たことがない。勝てばTVのニュースはハシゴして3回見るし、新聞も玩味熟読する。
 それで、である。今年の我が愛するジャイアンツは凄い!!!
 バンザイ! ばんざい!!! 万歳!!! ついにリーグ優勝。
 なんたって、初めからズーット1位でしょ。私、1年間、あくせくすることもないし、気性も鷹揚。ちょっと負けた位で目くじらを立てることもない・・・。
 だから、負けても、相手チームのご当地の皆様に、たまには穏やかで平和に満ちた眠りをプレゼントしてあげていると思えば、
「ウン、マ、イイか」と、すこぶる鷹揚。
 ね、これって 『金持ち喧嘩せず』気分。凄いでしょ。ビンボー人なのに、心は金持ち気分!!!
 我が愛するジャイアンツは偉い!!!

さよなら夏の日

| コメント(0) | トラックバック(0)

 先日、FMラジオを聴きながら家で仕事をしていたら、山下達郎の懐かしい「さよなら夏の日」がラジオから流れてきた。
 かって、山下達郎と云えば夏の定番。そして「さよなら夏の日」は夏の名曲だったのである。
  
  さよなら夏の日
  いつまでも忘れないよ
  雨に濡れながら
  僕等は大人になっていくよ

 この曲は,18年位前にヒットした曲だけれど、聴いた時はすっかり大人・・・ン? 訂正、すれっからしの大人になっていたけれど、まだまだ夏を身近に感じていて
「ああ、夏が終わったんだ」と、シミジミ実感気分になって聴いたものである。
 でも、今、私はすでに"たそがれ時" 
 先日「さよなら夏の日」を聴いた時は、なんと
「やっと、夏が終わったんだ」と、ヤレヤレ安堵気分にド変化!!!
 とてもじゃないが初めて「さよなら夏の日」を聴いた時の実感気分は儚く消え去り、夏は遠く離れてしまったことに気がついたのである。
 ウーン、これは大変!!!
 かくなるうえは、茨木のり子の『海を近くに』の詩にあるように
 「海よ! 近くにいて下さい」と叫ぶことにしよう。
 
   海を近くに   茨木のり子
 
  海がとても遠いとき
  それはわたしの危険信号です

  わたしの力の溢れるとき
  海はわたしのまわりに 蒼い

  おお海よ! いつも近くにいて下さい
  シャルル・トレネの唄のルズムで

  七ッの海なんか ひとまたぎ
  それほど海は近かった 青春の戸口では

  いまは魚屋の店さきで
  海を料理することに 心を砕く

  まだ若く カヌーのような青春たちは
  ほんとうに海をまたいでしまう

  海よ! 近くにいて下さい
  かれらの青春の戸口では なおのこと

 ン? 「無理ムリ。そう八さんにとって、海は遠いのではなくって、海はなくなっているの」だって・・・。
 そんな無茶な・・・。 
 でも、サムエル・ウルマンの「青春」の詩にあるでしょ。
 『青春とは人生のある期間ではなく、心の持ち方を言う・・・』って。
 だから、"たそがれ時" の私でも、心は青春デス。
 だから、「さよなら夏の日」を聴いて、ときめいたあの頃に戻りたいデス。


 ※ 茨木のり子ーー1926年~2006年。同人詩「櫂」創刊。
掲載の詩は「鎮魂歌」(1965年刊)より。なお、彼女の代表作「わたしが一番きれいだったとき」はこのプログ2006年8月15日号に掲載しています。

 我がニッポン国のオエライさん達のアツクてあつくて熱い夏がようやく終わった。ホント、お疲れさまデス。
 
 NHK教育TVで8月24日から27日の4日間「井上陽水~40年を語る~」という番組が放映された。
 私は、どういう訳か好きなミュージシャンは女性ばかり。でも、好きな男性ミュージシャンもチョッピリだけれどいる。そのTOPが井上陽水。
 その陽水が最終日の27日に歌ったのが「少年時代」。ウン、最高に好き。

  夏が過ぎ 風あざみ
  誰のあこがれにさまよう
  八月は夢花火 私の心は夏模様

 私はこの歌を聴くと、まんざら夏も捨てたものじゃないって思うけれど、はかなく消えた夢花火のように、タダの人となったオエライさんたちにとっては、コンチュクショウの夏!!!
  
 汗をビッショリかきながら走り廻り、普段は相手にしないフツーの人に向かってペコペコ頭を下げ、ニコニコ笑顔を作って手を振ったのに・・・。
 それに、旧来の友に再会した如くむやみと握手したり、汗臭いのを我慢しながら抱き合ったりしたのに・・・。
 何故か落選!!! 
 『イイことは自分のせい、ワルイことは人のせい』とするのが、オエライさん達の正しい物の見方らしいから、
 「どうしてくれる」と、口をヘの字に曲げて・・・エーット、そんなハシタナイことはしないまでも、四方八方に当り散らしているに違いない。
  
 私は、TVニュースで毎日各党TOPのオエライさん達が絶叫するのを見ていたけれど、いつも同じフレーズでしょ。すっかり見飽きてしまった。
 日替定食があるくらいだから、せめて日替絶叫をしてくれたら、今日は何を絶叫するかなァと思って興味シンシン見るのだけど、いつも馬鹿の一つ覚え・・・ン? 失礼、ワンパターン。
 オエライさんは、頭脳明晰と思っていたけれど、ひょとして?

 我が家には、色々な党から
「よろしく」との電話があったけれど、我が愛する今は亡き大原麗子風の声ならばともかく、時給887円風の声。
 でも、私は天下無敵の八方美人だから、
 「あなたの党はダーイキライ」なんて云う訳がない。
 「ハイハイ、よく分かりました。ハイハイ」と、ハイハイを2度も丁寧に言って電話を切るのだけれど、あれって、
「森ソーハチさん、1票獲得」と、時給887円風の人がニッコリ笑って、正の字に一を加えているのかしらん?
 ウーン、私ってイイことしてるんだ。

 でも、街頭演説にしろ、選挙カーや自転車・徒歩での遊説にしろ、オエライさん達は大変。でも、ソレを聞く人の大半はヤジ馬でしょ。どうしても、労多くして効なきような気がする。
 電話だって、そりゃ、我が愛する今は亡き大原麗子風の女性から電話をもらえば
「ウン、するする」って云うかもしれないけれど、なんたって時給887円のペーパー朗読の声。
 あれで、ソノ気になるのかなァ。

 だから、いっそのこと街頭での選挙活動や電話は禁止。選挙活動は集会所での演説会(但し、駆け走ではダメ、じっくり30分以上)はとすればいいと思う。
 そうすれば、ワンフレーズの絶叫ではなく、じっくり内容が聞けるし、そのオエライさんの人となりも分かるような気がする。
 それにオエライさんも楽になって、一挙両得と思うけど・・・。
 エ、何? そうなったら、選挙なんてつまんないと、誰も投票に行かなくなるよ・・・って。
 フーン、そうか、選挙ってお祭りなんだ。

 9月。夏から秋にチェンジ。季節の変わり目。
 初めて与党になったオエライさんも、初めて野党になったオエライさんも、きっと初体験。
 与党も野党も、今までのやり方をチェンジしてくれたら、きっと、オエライさんが偉い人に変貌するかもしれぬ。
 ウン、大変だろうけれど・・・ね。

| コメント(0) | トラックバック(0)

 

  崖   石垣 りん


戦争の終わり、
サイパン島の崖の上から
次々に身を投げた女たち。

美徳やら義理やら体裁やら
何やら。
火だの男だのに追いつめられて。

とばなければならないからとびこんだ。
ゆき場のないゆき場所。
(崖はいつも女をまっさかさまにする)

それがねえ
まだ一人も海にとどかないのだ。
十五年もたつというのに
どうしたんだろう。
あの、
女。

※ 石垣りんーー1920年生まれ、2004年没。『表札など』(1968年刊行。翌年H賞受賞)より。

 夏!!! アツーーーーーーーーーーーーーイ夏がやって来た。
 
 我がニッポン国のオエライさんにとっては、とってもとっても熱い夏。
 選挙に落ちれば、オエライさん変じてタダの人となるのが怖いから、ニッポン国のソーリの不信任を問う重大な投票をニヤニヤ笑いながも「No」と投票し、翌日にはヤッパ「ダメ・ソーリ」と言い、解散したら「マ、イイか」と変身を重ねたオエライさん達がいた。
 「君子は豹変する」という諺があるくらいだから、君子であるオエライさん達は、変身を重ねても許されるのであろう。
 ウーン、でも、これって品格に欠ける気がするけれど・・・。
 エ? 何? オエライさんに品格を要求するなんて、ムシが良すぎる・・・って。
 フーン、そうなんだ。

 あの党やこの党やあっちの党やこっちの党のオエライさんが、自分のことは棚にあげ、相手の党の悪口を口角泡を飛ばして言っているけれど、あれって見苦しいよ。
 相手をケナして優位に立とうってのは卑怯な気がするけれど、
「窮すれば通ず」という諺があるくらいだから、切羽つまればオエライさんにだって、許されるのであろう。
 ウーン、でも、これって礼節に欠ける気がするけれど・・・。
 エ? 何? オエライさんに礼節を要求するなんて、無理よ・・・って。
 フーン、そうなんだ。

 オエライさんっていうのは、その名の通り普段はエライ顔をしてスタスタ歩いているのだけれど、選挙となったら、どうしてニコニコペコペコして歩いているのは、なんだかいかにもミエミエで気持ワルーって感じ。
「面の皮の千枚張り」という諺があるけれど、まさか、これってオエライさんのことを言っているんではないでしょうね。
 え? 何? オエライさんに失礼よ。オエライさんて、そんなにワルではないの。せいぜい百枚張り・・・って。
 フーン、そうなんだ。

 あの党やこの党やあっちの党やこっちの党のオエライさんが、
「アアしてコウしてアアする・・・」とチマチマ嬉しいことを言ってくれるけれど、
「希望は貧者のパンなり」って諺があるでしょ。
 私「夢旅人」 どこかのオエライさんが、ニッポン国の夢を語ってくれないかなァ。

 ホント、もう、びっくり。おどろき もものき さんしょのき。私とソックリの人が居るなんて・・・。
『彼が好むのは重厚な人間ドラマと言ったようなものではなく、たとえば上映が始まるや否や主人公が危機的状況に陥り、観客は手に汗を握り、そこに謎めいた美女が登場して謎めいたことを言い、主人公は鋭敏な頭脳を働かせて危機を切り抜け、観客がホッとしたのも束の間、また美女が現れて謎めいたことを言い、新たなる危機が主人公を襲って息つく隙もなく、ふいに爆発が起こったり、美女が悲鳴を上げたり、自動車が橋から落っこちたり、宝の地図が奪われたり、美女が奪われたり、愛が芽生えたり、美女を奪い返したり、いろいろなことがことがあった揚げ句、美女と主人公が接吻して終わる一群の作品、つまり冒険活劇である。「冒険活劇は映画館で観なければならない」というのが彼の意見であり、逆に言うと小和田君は、映画館で観た冒険活劇にかぎっては、どんなに阿呆らしい内容であっても一切を許す広い心を持っていた』
 この文章は、朝日新聞夕刊の連載小説「聖なる怠け者の冒険」の一節である。
 ドンドンパチパチ撃ちまくり、敵はバッタバッタと倒れても、我が愛する主人公には何故か絶対に弾は当たらないというドンパチB級映画愛好者の私は、この文章の一言一句を読んで、
「ウンウン、その通り」とニッコリ。小和田君、君はエライ!!!
 従来、私が、
「かくかくしかじか、これが私の正しい映画の見方」と、自慢げに言うと、
「フ-ン・・・」とか言って、何故か知らぬが軽蔑の眼差しで私を見る。それで、私はいつも肩身の狭い思いをしていたものである。
 だけど、天下の朝日新聞の連載小説に、私と同じ映画の見方をする人が登場したということは、私の映画の見方も、正しく認知されてきたということに違いない。
 ウン、もう大丈夫。これからは、胸をはって生きていくことにしよう。
 そんな訳で、今年私が見た映画は14本。「007/慰めの報酬」「マンマ・ミーア!」「フェイクシテイ」「グラン・トリノ」「ウオッチメン」「テュブリシテイ」「ザ・バンク」「天使と悪魔」「消されたヘッドライン」「スター・トレック」「ターミネーター4」「トランスフォーマー/リベジン」「エヴァンゲリヲン新劇場版:破」「ノウイング」
 まあ、ドンパチ映画ではないけれど、「マンマ・ミーア!」のように私好みの美人が出る映画とか、お洒落な映画とか、SFや話題作などは見ることにしているけれど、後はハラハラドキドキB級映画ばかり。
 だから、素敵に弾が飛び交うドンパチシーンを見て
「ワー」とか
「ヒャー」とか
「スゲー」とか、大声で叫びながら観たいけど、顰蹙をかうから、心の中で叫びながら観ていれば、私は大満足である。
 このように、ドンドンパチパチ撃って撃って撃ちまくる「スカッと爽やかドンパチ映画」だけれど、ストーリィは阿呆らしい内容が多いから「スカッと忘れるドンパチ映画」でもある。
 だから、2~3日もたつと、ドンパチの素敵シーンは思い出すけれど
「アレッ、筋は何だっけ?」
 だけど、私も、連載小説の主人公小和田君と同じように、広い心の持ち主であるから、どんなに阿呆らしい内容であっても一切を許すことが出来るのである。
 ホント、自分で言うのもなんだけれど、私はエライ!!! 
 エ? 何? 「ウウーン、そうじゃなくって、そう八さん、それって単なるボケ」
 ウーン、ホントにまァ・・・よく言うよ。お年寄りをいたわりましょう!!!

 北九州市芸術劇場で6月14日(日)に開かれた瀬戸内寂聴さんの講演を聴きに行った。
 この講演会は、北九州市立文学館の特別企画展"生きた、書いた、愛した、女性作家の手紙展"の開催を記念して開かれたものである。
 私の勤めている北九州市立南丘市民センターが、"松本清張生誕100年を記念し故郷の文学を辿りましょう"というテーマて、4月から8回に亘る「学んで楽しむ文学講座」を企画した時、この文学館の副館長今川英子さんに、色々アドバイスをしていただいた。
 そして、その第1回目の講座で、今川英子さんに、
『北九州の文学と松本清張』と題して講演もして貰っている。それで、その今川英子さんの企画した講演会であればと、イソイソと寂聴さんの講演を聴きに行った次第である。
 今川英子さんは、『放浪記』の作者・林芙美子の研究者として知られており、林芙美子全集の編集にあたると共に、数多くの著書があるけれど、天は三物を与えて、知的なうえに美人。かてて加えて、お話しもお上手!!!
 以来、私はすっかり文学館ファンになって・・・・エ? 何? 文学館ファンではなくて、今川英子さんファンじゃないのって・・・・ウーン、そんなにドキッとすることを云われたら困るなァ。英子先生に悪いよ・・・。
 とにもかくにも、そういう訳で聴きに行ったけれど、芸術劇場は超満員。私は、2階席の片隅で聴いたけれど、男性はポツリポツリ、女性がいっぱい。でも若い女性はチラホラでオバサン・・・ア、訂正、前美人・元美人・旧美人がいっぱい。
 ウーン、マ、いいか。だって、寂聴さんのお話しを聴きに行ったんだからね。
 寂聴さんは源氏物語の現代語訳でも有名。でも、自慢じゃないけれど・・・と、言いながら自慢する訳だけど、私は1965年に出版された函入の「谷崎潤一郎新々訳源氏物語」全11巻を持っているのである。ウン、寂聴さんごめんなさい。
 これって、リタイヤしてから憧れのノホホン・ホンワカ・グウタラ生活に突入したら読もうと思って買っているのである。
 ところが、である。私は、何故か知らねどいまだにリタイヤ出来ず、我が人生のカウントダウンが始まっているというのに、憧れのノホホン・ホンワカ・グウタラ生活は遠のくばかり・・・。
 我が家の不肖の息子3人は、私が若い時から、お金は貯めずに、苦労してチラッとも読まずに本棚ぎっしりに貯めこんだウン100冊の本を見ていわく、
「お父さん、絶対に読めっこない」
 フンだ! 親の心子知らず。オヤジの沽券にかかわるようなことを平気で云う。どうも、育て方が間違っていたかも知れぬ。
 寂聴さんの講演は『女流作家の手紙と日記』。特別展で取り上げられた作家を中心にユーモア溢れるエピソードいっぱいのお話で、楽しく可笑しくそれでも心にしみじみ沁みて、アットいう間に the 終了。
 その中で、寂聴さんが主宰する雑誌「the 寂聴」が、本木雅弘ことモックンを取り上げた時の話しがあった。
 モックンとは、古い付き合いだそうだけれど、彼の若いときに会った時には"わくわく どきどき そわそわ"感があったそうである。でも寂聴さん、今87歳。今回の企画で会った時には、この"わくわく どきどき そわそわ"感を感じなくなってびっくりしたという話しがあった。
 そして、この"わくわく どきどき そわそわ"感を失くしたらダメですよ、素敵な男を見たら、年甲斐もなくなんて遠慮しないで"わくわく どきどき そわそわ"しなさいとのお言葉である。彼に彼女がいても大丈夫。嫉妬するのも恋の内。いっぱい恋をしなさいとのことである。ウーン、絶対納得!!!
 私は、惚れっぽくって振られっぽいDANを持っているものだから、道を歩いている時、向こうから素敵な美人が来たら、私の恋ピューターがたちまち作動。一瞬の内に"ああしてこうしてああなって"と恋が成就するけれど、すれ違って振り向いたら、彼女はツンとしてお尻を振り振りスタスタ。たちまち失恋。でもその一瞬は、"わくわく どきどき そわそわ"感いっぱいであったのである。
 それが、寂聴さんでもないけれど、最近この"わくわく どきどき そわそわ"感が少なくなってきていることに気がついたのである。
 どうも、我が感性、錆び付いてきているらしい。 ウン、大反省。
 そこで大募集。『わくわく どきどき そわそわ』感所有の女性求む!!!
 エ、何? そう八さん、うっすらハゲ模様でしょ。身の程を感じなさいって・・・・。
 ウーン、そう云われてもね。なんたって寂聴さんのご言葉なのに・・・。
 最後に、寂聴さんがこの企画展を立ち上げた文学館のスタッフを褒めていた。お世辞抜きで本当にいい企画とのことである。今川英子さんのファン・・・・ン? 訂正、文学館のファンである私もすっかり嬉しくなってしまった。
 寂聴さん、どうもありがとう。

一目惚れの恋

| コメント(0) | トラックバック(0)

  6月は、ジューンブライド。6月に結婚する花嫁は幸せになると言われているけれど、6月は雨の季節。
 ハレの結婚式がアメとかクモリだと「イヤーダ!!!」という訳で、結婚生活の守護神ジュピターも我がニッポン国では敬遠気味。
 結婚するってことは、長い時間をかけてイチャイチャした結果・・・ウーン、これってHな言い方かも・・・このプログはヒンのあるプログだから言い換えることにしてと・・・エーット、長い時間をかけ相手を確かめあって結婚するとっていうのが、正しい結婚のあり方と云われているけれど、直感的に一目惚ぼれして結婚するってこともある。
 朝日新聞に掲載されていたけれど、富山大学大学院小野武年特任教授によれば、直感的に好きになるのは、大脳辺縁系という脳の奥にある「扁桃体」という原始的・動物的な脳が働くというこらしい。
  私は・・・ン? 訂正、男というものは、美人であれば見境もなくむやみと惚れるという性向があるけれど、美人にもいろいろあって、色っぽい美人、エロっぽい美人、知的美人、痴的美人、素直美人、可憐美人、ボイン美人、ピチピチプリン美人、素足美人、襟足美人、唇ボッチャリ美人、目元パッチリ美人、鼻筋すっきり美人、見返り美人、可愛い美人、不美人寸前の美人、雰囲気美人、どうでもいい美人・・・ウーン、いい加減に書き疲れたのでこの位にしてと・・・美人のタネはつきない。
 ところが、この脳は一目見ただけで、過去の体験や数え切れないほどの美人情報と照合し、迷うことなく出会ったものが自分に有利か不利かを「好き」「嫌い」という形で瞬間的に判断することが出来るらしい。
 生きるか死ぬかの生存競争をしている動物が、相手を見て、直感的に安全とか危険とか瞬間的に判断すると同じような脳の働きを、ヒトも受け継いでいるということである。
 コンピューターにも負けず劣らず、このカンピューターは凄い!!!
 だから、「私、あの人に一目ぼれ!!!」などと云ったら
「大丈夫? 何故あの人なの? あの人のこと分かっているの?」と云われて答えに窮しても、何も心配することはないんである。
 あの人のことは、ナーンにも分かっていないけれど、種の本能による選択ほど間違いないのである。 
 むしろ「あばたもえくぼ」的なうるわしき誤解による愛よりも、この本能的な直感で愛を感じた方が、愛の強度は強いのかもしれない。
 結婚したら「あばたもえくぼ」が、「えくぼもあばた」となって
「トホホホ・・・」となる可能性だって有るかもしれぬ。
 山崎 方代の
『一度だけ本当の恋がありまして南天の実が知っております』という歌のように、誰も分かってくれないけれど、南天の実だけが知っている。それだけでいい、それが一目惚れの恋なのかもしれないのである。 
 
 ※山崎方代ーー1914年~1985年。山梨県生まれ。歌集「万代」など。

 私は、スポーツキライ人間。勿論、するのも見るのもキライ。
 でも、TVでスポーツ番組を見ることはある。それは、我が愛するジャイアンツが勝っているゲーム。
 TVのスイッチを入れた時、我が愛するジャイアンツが負けていたら アッタマにきて問答無用スイッチOF。途中で同点にされたり逆転されたら、ムカムカしてコン畜生とスイッチOF。
 我が愛するジャイアンツが負けるなんて理解に苦しむような出来事は、精神衛生上はなはだよろしくない。私は自称リコウ人間だから、ストレスが増えるようなバカなマネはやらないことにしている。
 それで、我が愛するジャイアンツの試合をTVで見ると云っても、しみじみ見るのは、我が愛するジャイアンツが攻撃する時だけである。
 相手チームの攻撃の時は、ヒットを打つ場面などは見たくもないので、新聞や雑誌を読んだり、オシッコに行ったり、鼻くそをほじくったり、あくびをしたり、うちのかみさんがアアでもないけどコウでもないという、不滅の世間話にうわの空で相槌をうったりして、有意義な時を過ごしているのである。
 でも、サッカーだけは世間の話題についていくために、TVでビッグゲーム位は見ることがある。
 すると、サッカーの試合の忙しいこと!!! ちょっと目を離すと、点が入ったりして油断もすきもない。
 だから、新聞は無論、オッシコも行く暇なんかありゃしないし、アッチコッチ動き回るから、有名な選手がいるようだけれど誰がどこに居るかも分からないし、息をつめて画面を見詰めていなければならぬ。
 野球のように、試合を見ながらイロイロやれないなんて、ホント、人生は短かし女性は多し・・・エーット、訂正・・・人生は短しヤルこと多しなのだから、サッカー観戦は、人生を有意義に過ごしている私には向かないスポーツである。
 それが、である。なんと、私、サッカーの試合を見に行ったのである。
 どうして? だって・・・。ウン、それは招待券を貰ったのデス。生粋のケチな私が、タダの券を貰って試合を見に行かないなんてことは、主義に反する。
 試合はニューウェーブ北九州対Honda Fc。会場はニューウェーブ北九州のホームグランドである北九州市本城競技場。
 
nyu-uebu.JPG

 ニューウェーブ北九州は、サッカーの三軍とも言えるJFLに加盟していて、Jリーグの二軍のJ2を目指して頑張っているチームだそうである・・・・てなことは、全然知らなかったけれど、試合会場で貰ったパンフに書いてありました。
 でも、試合を見てビックリ!!! TVでは、チョコマカと画面いっぱい走り廻っているように見えるけれど、それはTV画面の中の選手だけ。
 試合場は360度のワイドスクリーンみたいなものだから、ボールから離れている選手はのどかなもの。私は五月の爽やかな風に吹かれながら、
「突っ込め!」とか
「やれやれ!」とか
「廻せ廻せ!」とか
「このバカ!」とか、気持ちのいい野次を聴きながら、ノンビリと観戦することが出来た。 
 試合は0対0で引き分け。同点の時は、ゴールの前で蹴りあいをして決着をつけるのかと思っていたが、何故かやらなかった。
 これって手抜き・・・と思って、観客席の皆さん、ブーイングするかと思ったら、逆に立ち上がって拍手をしている。どうやら手抜きでないみたいな雰囲気なので、大勢順応型の私も、拍手することにした次第である。
 勝つと思っていたのに引き分けたらアッタマにくるけれど、負けると思ったのに引き分けたらハッピイと、モノは考えようである。私は自称リコウ人間だから、ストレスが増えるようなバカな考えは持たないことにしている。
 だから、マ、イイカと思うことにしたら、後で新聞に強豪Honda Fcに引き分けるなんて、あっぱれと書いてあった。
 どうも、サッカー人は、私と同じ思想の持ち主が多いらしい。
 そういう訳で、サッカー観戦も捨てたものじゃないと考え直し、我が街のサッカーチーム「ニューウェーブ北九州」の試合は見に行くことにした。
 浮気するようで、我が愛するジャイアンツに申し訳ないけれど、ごめんなさい。
 がんばれ! 頑張れ!! ニューウェーブ北九州!!!

 5月。爽やかな5月の風に吹かれて、夢旅人も爽やかにリニューアル・・・と、云いたいけれど、どう?
 夢旅人の旅たちは2004年5月15日。パンパカパーンと一人ではしゃいで、目出度く5周年。でも、私も加速度的にボロボロ化してきたので、せめて見てくれだけはとリニューアル。
 エ? 何? いくら格好つけたって、ボロはボロだって? ウーン、ガッカリ・・・。

 ところで、ゴールデンウイークも終わって、全国的にお疲れ気分。
 お金も暇もある人も、お金がなくても暇ある人も、お金はあるけど暇のない人も、お金も暇もない人も、なにはともあれヤレヤレ。
 あなたはゴールデンウイークでしたか? それともシルバーウイーク? 
 だったら良いけれど、残念ながら、とんでもないスティールウイークだった人もいるに違いありません。
 ニール・バレット・ジュニアが、ミステリイ小説「ピンク・ウォッカ・ブルース」で
『ときには自分で人生のハンドルを握れるときもある。だがたいていはそれができない』と書いているように、ままならぬのが人生。
 でも、自分で人生のハンドルを握れるときがくる事を信じて・・・ウン、頑張りましょうね。

 我が森家は、長野にいる三男坊が、突如嫁さんと孫3人を引き連れて、金1000円也の有り難い道路を、喜怒哀楽を込めて運転しながら帰って来ました。
 そして、ジイバアの無責任な愛を貰った孫三人を車に乗せて、三男坊は金1000円也の有り難い道路を、喜怒哀楽を乗り越え、諦めの境地で帰途につきました。
 そして、我が愛するジャイアンツは、イケイケジャイアンツとなり、私は至極ご機嫌!!!
 かてて加えて、ゴ-ルデンウイークの最終日6日Pm10時からNHKTV『SONGSスペシャル』で、私のダアーーーーイ好きな女性歌手がいっぱい出演。なにしろ男性は徳永英明とピアニストの塩谷哲のみ。
 女性の出演は今井美樹でしょ、一青窃でしょ、高橋真梨子でしょ、竹内まりやでしょ、松任谷由美でしょ。スゴーーイ!!!
 この番組のデイレクターは、きっと私に似てオトコ嫌いのオンナ好き・・・ン? これって品格のない表現かも? エーット、訂正・・・女をいつも憧れの眼差しで見ている人に違いない。ヤレヤレ、ホント、うっかりして書くと大変・・・。
 それに、松田聖子が出演。彼女は永遠のブリッ子と思っていたのだけれど、1996年に発表した『あなたに逢いたくて』を聴いたとき、びっくり!!!
 彼女も、ミイハアな恋ではなくて本当の恋をして「大人の女性」になったんっだと実感。歌謡曲は私の好きなジャンルではないけれど、以来、私の好きな歌手の引き出しに入れることにした。
 番組で歌われた曲も、好きな曲ばかりだったし、そして最後に歌われたのは、なんと私のBEST1の竹内まりや『人生の扉』。ウーン、絶句。何もいうことなし。この番組のディレクターはエライ!!!
 かくして、私のゴールデンウイークの4日間は、疾風怒濤のごとく過ぎさり、豪華絢爛の内に幕を閉じました。

 パンパカパーン!!! ゴールデンウイークの幕開け!!!
 幸か不幸か、なんと15日も休めるところもあるらしい。
 そりゃあ、15日も休めるなんて
「素敵!!!」と思う人もいるかも知れないけれど、暇があってもお金がない人は
「15日もどうやって過ごすの?」と悩んでいる人もいるにちがいない。
 私のように、ゴールデンウイークは暦通りの出勤で、4日の休みしかないビンボー暇なし派は、ゴールデンウイークの間、ニッポン国中ウロウロウハウハしている人たちがTVで映しだされても、
「ゴールデンウイーク?」てな感じである。
 え? 何? 「そう八さんのビンボーは分かるけれど、4日もお休み取れたら、暇あり派じゃないの」と思われるかもしれないけれど、それって美しき誤解である。
 年を取ると時間のたつのが早いこと!!!
 だって、休日は9時に起きるでしょ、それからやるべきことをやって、パンとコオヒイの朝メシを食べ、新聞のスポーツ欄の我が愛するジャイアンツが勝った記事を、まずはサラサラと速読し、次にじっくり味わいながら熟読、それが終わるとシアワセに溢れながら再読しなければならぬ。
 それに、痴性と狂養・・・ン? 変換間違い、知性と教養を誇る私だから、知性と教養・・・ン? 変換間違い、痴性と狂養に溢れたその他モロモロの記事も読まねばならぬ。かくして、新聞を読み終わると午前の部はTHE END。
 我が愛するジャイアンツが負けた時は、スポーツ欄はチラとも見ないけれど、今年、我が愛するジャイアンツは天下無敵。勝って勝ってまた勝って・・・と、とかく私の新聞を読む時間が長くなってしまった。でも、我が愛するジャイアンツためだから、仕方あるまい。
 お昼からは、私のフリータイムだけど、4月の休日は新年度のスタートとあって、行事が重なり全てふさがってしまった。
 だから、ゴールデンウイークは、待ってましたとやることがいっぱい。
 まだ見ていない映画が5本。「ワルキューレ」「レッドクリフ」「バーン・アフター・リーディング」「レイン・フォール」「グラン・トリノ」。これゼーンブ見たい!!!
 それから、TVも我が愛するジャイアンツが勝つ試合は見たいし、ドンパチのB級映画も見たいし、他に私が所属する合唱団「北九州をうたう会」の新年度のモロモロの書類も作らなければならないし、ウーン、ビンボー暇なし。
 ゴールデンウイークは、古本屋で見つけツン読してあるミステリィ、クリス・ネリの「花嫁誘拐記念日」やマイク・ルピカの「スキャンダラス・レディ」、ステイーヴ・ハミルトン「狩の風よ吹け」、エリック・ライトの「ロージー・ドーンの誘拐」などを、オールデイズのCDを聴きながら読破しようと思っていたのに・・・。
 私の ゴールデンウイークは、どうもシルバーウイーク。ア、そうか、私、バスはいつもシルバーシート。

春は恋

| コメント(0) | トラックバック(0)

 春である。古今和歌集で、在原業平が
「世の中にたえてさくらのなかりせば春の心はのどけからまし」と詠ったように、桜が咲くと、心騒ぎ花見などに行かねばならぬという気がしてくる。
 そういう訳で、今年も博多の舞鶴公園に、気の置けない仲間6人と・・・個人情報保護法に基づき氏名は公表できない・・・お花見に行ったけれど、桜もいっぱい、春の光も穏やかにいっぱい、広げたお花見弁当もいっぱい、蔵出し3日以内と書かれたビールもいっぱい、おしゃべりもいっぱい、のどやかでゆるやかに流れる時間もいっぱいで、春に酔ってしまった。
 ところが、平日のお昼のせいもあったのだろうけれど、学生らしきグル-プもいっぱい。
 若さが弾け、笑顔をがはじけ、笑いがはじけ、春に舞って青春しているのを見ると、仲間のおばさん達・・・ン? 失礼、元美人・・ではなくエーット今でも美人をさて置いて見とれてしまった。
 マメリカのミステリイ作家ラリー・バインハートが『最後に笑うのは誰だ』の中で
「その子のTシャツは、羨望の目で見る大人に向かって十代の女の子がさりげなく、人生には乳房が断乎重力に抵抗する時期があることを実証してみせていた」と書いたような女の子がいっぱい居たので、見とれた訳ではない。
 人生にはまだまだ先があった、あの頃を思い出して、ホノボノ感に浸った訳である。
 そして、春は恋の季節。恋をすると若々しく見えるそうである。朝日新聞に載っていたけれど、東北大学の山元大輔教授は自律神経の動きから
「恋をすると、喜びや感動で脳が刺激され、脳細胞が活発に動きます。脳は自律神経に働きかける。すると、皮脂の分泌が盛んになって肌がツヤツヤして見え、瞳孔が少し開いて、黒目が潤むので目が輝いて見える。だから若いと感じるのでしょう」と云っている位だから、
 ウン、張り切って恋をしましょう・・・となる訳だけれど、
「相手が・・・・」なんてションボリする必要はありません。
 TVで憧れの素敵男性アイドルが出たらキャッキャッして、勝手に恋の一人相撲を取っても、脳は山元教授状態になるのだから、若々しく見えるに違いないのです。
 でも、岸上大作の短歌のように
「美しき誤算のひとつわれのみが昂ぶりて逢い重ねしことも」
となっても大丈夫。キャッキャ恋ではなく本当の恋をしたんだから、きっと、若々しく見えたに違い有りません。うん、きっと・・・。
 だから、素敵な相手を見つけたら、勝手に恋をしてみませんか・・・。

 ※ 岸上大作・・・1939年~1960年。兵庫県生まれ。「まひる野」に所属した。70年に「岸上大作全集」を刊行。

 春うらら・・・。
 桜爛漫・・・。
 春。コートを脱ぎ捨てて、ピチピチプリンと胸を張って女性が闊歩する春。
 ウン、そう、女性の胸弾み、男性の下心弾む春。
 そんな春の宵、うつらうつらとインターネットを散歩していたら、政界の裏情報に詳しいUSO800-NETWORKのホームページに、定額給付金に関するニュースが載っていたのでご紹介したい。

 アメリカのオバマ大統領に対し、オバカ総理と陰口を叩かれた我がニッポン国のソーリは、畏れ多くもいたく心を痛められ、かつ、折角国民から搾り取った税金を、惜しげもなくばら撒いてやるというのに、あまり有り難味を感じない国民が多いことに
「親心、子知らず」と苛立ちをお感じあそばされたそうである。
 そこで、政府高官に対し、国民が有り難みを感じるような定額給付金の支給方法を検討するように厳命、この度、その全貌が明らかにされた。

 かって現金で払われていた給料が銀行振込みになった時、給料の有り難味が減ったことを思い出した政府高官は、定額給付金の有り難味を増すため、銀行振り込みではなく、全て現金で支給することに決定した。
 それも、万札ではなく千円札にしてズッシリと厚みを増し、かつ手の切れるような新札に弱い国民性にかんがみ、全て新札の千円札にして支給することにした。

 さらに、県下でトップを切って定額給付金の支給をする自治体には、その県の地方テレビ局が放映すると思われるので、その自治体長はモーニング等を着用し、もったいぶって第1号のとなる住民にうやうやしく手渡し、支給を受ける者は、有難くおしいただくようにして受け取るように指導することにした。
 かかる演出をした地方自治体には、地方交付金を5%割り増しするとのことである。

 また、定額給付金を惜しげもなくポイポイと使ってもらうため、千円札の真ん中にある楕円形の部分にハートマークを印刷し、ハートマークのついた千円札で買い物した人には消費税を免除すると共に、預貯金をした場合は5%の保管料を取ることに決定した。

 エ? 何? 今日は4月1日、エプリルフール。だから、これってウソっぽい・・・って?
 とんでもない。ホントにインターネットで見たんだから・・・。ホント!!!
 ・・・と、云うのがウソなんでしょ。
 そんな疑惑の眼差しで見られたら困るなァ。
 「信じるものは救われる」 
 ネ、だから信じて・・・。

 昨日、3月14日は、乞うご期待のホワイトデイ。
 アレやコレや迷いに迷って選んだ「本命チョコ」なのに、「義理チョコ」と勘違いされ、感度0の「義理返しチョコ」を貰ったあなた。
 ホント、男ってアホ!!!
 という訳で、そんな彼には、茨木のり子さんの詩を送くって目を覚まさせてください。


      あほらしい唄  茨木のり子

 この川べりであなたと
 ビールを飲んだ だからここは好きな店
 
 七月のきれいな晩だった
 あなたの座った椅子はあれ でも三人だった

 小さな提灯がいくつもともり けむっていて
 あなたは楽しい冗談をばらまいた

 二人の時にはお説教ばかり
 荒々しいことはなんにもしないで

 でもわかるの わたしには
 あなたの深いまなざしが

 早く私の心に橋を架けて
 別の誰かに架けられないうちに

 わたし ためらわずに渡る
 あなたのところへ

 そうしたらもう後へ戻れない
 跳ね橋のようにして

 ゴッホの絵にあった
 アルル地方の素朴で明るい跳ね橋!

 娘は誘惑されなくちゃいけないの
 それもあなたのような人から

      詩集「おんなのことば」から 

 3月。感動のコマーシャルシリーズ第7弾。

1回目は2005年3月1日掲載の「ここでコマーシャル」
2回目は2005年3月15日掲載の「そこで再びコマーシャル」
3回目は2005年8月1日掲載の「そこでも一度コマーシャル」
4回目は2006年3月1日掲載の「そこで又もやコマーシャル」
5回目は2007年3月1日掲載の「そこで何度もコマーシャル」
6回目は2008年3月1日掲載の「そこでしっつこくコマーシャル」

 エ? コマーシャルで感動する訳がないでしょ・・・って。そりゃ、普通はそうでしょ。だけど、このコマーシャルだけは別格!!! 
 ウソだと思ったら、最後まで、目をランランと光らせて、このコマーシャルをゆっくり丁寧に読んでください。
 コマーシャルは、もち私が入団している合唱団『北九州をうたう会』の合唱組曲『北九州』の演奏会。
 出演するのは、私達の合唱団『北九州をうたう会』の他に、北九州市内の6つの可愛い子供たちによる少年少女合唱団に5つのエリート級の中学校の合唱団、それに勇壮な演奏の小倉祇園太鼓が加わり総勢250人。演奏はフルメンバーの九州交響楽団。
 それに、プログラム第1部では、西日本最大級を誇る九州厚生年金会館のパイプオルガンの演奏もあるという気宇壮大、空前絶後のスケールにして豪華絢爛、欣喜雀躍のコンサート。
 ネ、これだけ四字熟語を並べてたら、感動せざるを得ないでしょ!!!
 「でも、そう八さんの合唱団は、ジジババ合唱団みたい」と、見た目でスナオ過ぎる感想を述べた人がいたけれど、それは大いなる誤解である。
 歌は、心で歌うもの。合唱団のメンバーの心年齢=実年齢ー20歳ですから。ウン、そうなんです。
 それに、クラッシクのコンサートは退屈でいつも居眠り・・・という人も、この合唱組曲『北九州』の演奏会だけは、とてもじゃないが居眠りする暇などありません。
 「そりゃ、これだけ大勢でワンワンやられたうえに、祇園太鼓がガンガン鳴ったら、やかましくって・・・」なんて云う人はいないはずです。ホント、
 「感動の余り居眠りする暇などなかったよ」と云われに違いありません。ハイ。
 
 どう? このコマーシャル、感動のあまり
「ウン、いく行く。絶対聴きに行く」云うはずなんだけど・・・。
 エ? 全然ソノ気にならないって・・・・。困ちゃうよ、まったく。それなら仕方ありません。演奏会に来て、確認してもらうほかありません。チケット、金2000円也。
 来て見て聴いてネ。絶対・・・。

       合唱組曲『北九州』演奏会

  日 時   3月8日(日) 開演15時
  場 所   九州厚生年金会館
  
 プログラム
  第1部 世界の名曲シリーズ
        指揮 増井信貴:管弦楽 九州交響楽団
         ・小フガート短調BWV578
           (パイプオルガン付)
            ー J.S.バッハ ー
         ・歌劇「カルメン」第1組曲より
            ー G.ビゼー -
         ・美しき青きドナウ
            ー ヨハン・シュトラウス2世 ー
         ・連作交響詩「モルダウ」
            ー B.スメタナ -
         ・行進曲「威風堂々」第1番
           (パイプオルガン付)
            ー E.エルガー ー
  
  第2部  合唱組曲「北九州」
         作詞 栗原 一登:作曲 團 伊玖麿

         指揮 増井信貴:管弦楽 九州交響楽団
         合唱 北九州をうたう会
             浅川中学校合唱部:石峯中学校合唱部
             高須中学校合唱部:引野中学校合唱部
             二島中学校合唱部
             門司少年少女合唱団
             北九州市少年少女合唱団
             北九州アカデミー少年少女合唱団
             北九州市小倉少年少女合唱団
             北九州少年合唱団
             帆柱少年少女合唱団
         祇園太鼓 小倉祇園太鼓保存振興会

ああ 婚活

| コメント(0) | トラックバック(0)

 昨日はバレンタインデイ。最初は「私の秘めた恋心」を伝えるバレンタインチョコが、最近はすっかり模様替えしてしまった。
 義理チョコに自分チョコ、ファミリーチョコに友チョコ位まではいいとしても、海老鯛チョコ、二股三股チョコ、瓢箪から駒チョコ、衝動買いチョコ、仲直りチョコ、母心チョコ、励ましチョコ、ご褒美チョコ、癒しチョコと、チョコを買う理由がアレヨアレヨと増えて、チョコがいっぱい。
 でも、まあ渡す相手がいる人は幸せである。
『ほうびチョコ 彼用みたいな 顔で買う』*1
となったら、チョッピリさびしい。
 でも、いるようでいないのが彼。「婚活」の名付け親の山田昌弘中央大学教授が東京に住む25歳~34歳の男女約600名を対象に調べたところ、正規雇用の男性で結婚している人は5割、非正規では1割だったそうである。
 未婚率で見ると、年収400万円以上は35%だけど、200万以下は85%が未婚という結果が出たそうである。
 労働市場が自由化され、「仕事をする人」が「機械化」されてしまい、世間はジタバタ大騒ぎしているいるけれど、時すでに遅し、結婚の夢まで壊されてしまっているようである。
 少子化対策と大騒ぎして、ニッポン国のオエライさんがナケナシの知恵を絞って、3人目の子供が生まれたらお金を上げるなんて、チマチマしたことを考えているけれど、結婚する人が増えるような社会の仕組みを作ったら、赤ちゃん、自動的にポロポロ。少子化なんて一挙に解決するのである。
 終身雇用という慣習があった古き良き時代、会社は「集団見合い」の場と考えて就職し、職場結婚して専業主婦と子供2人が当たり前と思われていたあの頃が懐かしい。
 でも、結婚で出来ないのは「ニッポンのオエライさんが悪いのだ」とプンプン怒っても、待ち人来たらず。いまや、出会いを求める「婚活」時代だそうである。
 東京大学社会科学研究所が20代~40代の約4000人を対象にして調査したところ、女性では婚活して恋人に出会った人は21%、婚活をせづに恋人に出会った人は12%だそうである。
 だから、積極的に結婚を意識して出会いの場を求めて「婚活」すれば、ときめきの人に出会う確率が多いらしい。
 だから、チョコを乱発したあなた、求めるものは与えられるのだから、きっと 
『婚活を 内定にした グーなチョコ』*2
になるの違いありません。ウン、きっと・・・。

※ 第12回メリーチョコカムパニーの「バレンタインどきどき、ワクワク川柳」から
     *1 岡山市/40歳/女性/自由業
     *2 長崎市/61歳/男性/デザイナー

 1月のTVの音楽番組は、グウタラ音楽ミーハアの私にとって、素敵にバッチリOK。
 1月9日にNHK教育TVで「ETV50クラッシク・アーカイブ~和洋名演名舞台」が21時から0時30分まで3時間半にわたって放送されたのである。
 第1部では、「時超至芸鑑」と題し、歌舞伎や浄瑠璃に能、それに踊りなどのすでに亡き名優の貴重な映像が放映された。
 私は、日本の古典芸能はとんとオンチだけれど、武原はんの有名な地唄舞「ゆき」の踊りに見せた「静」のなんと美しいこと!!! 踊りの一瞬一瞬が一幅の絵のようで、息を詰めて見てしまった。
 竹原はんの立ち姿は別格としても、私はもともと、着物姿ってダーイ好き!!! 
 着物を着た女性は、みんな美人に見えるし、特に襟足や襟元のきれいな人は、ホレボレ。超ミニのスッポンポン女性も大好きだけれど、見えるとこナシでも着物姿の方が、何故かもっと大好き。これって、理屈に合わないけれど、ホント、ニッポンに生まれて幸せ。
 第2部の「世紀の名伴奏」では、カラヤン・ホロヴィッツ・アイザックスターンやオペラではデルモナコやカバリェなどの伝説の巨匠達の映像が放映された。
 特に最後に、私の一番大好きなベートーベンの「交響曲第7番」がなんとカルロス・クライバーンの指揮、バイエルン国立管弦楽団の演奏で放映されたのである。
 それに、演奏された会場は昭和女子大学人見記念講堂。東京のコンサートホールの中で私が一番好きなホールである。
 私は単なる音楽ミイハアだから、音響効果などチットも分からないけれど、サントリーホールや東京芸術劇場などは、オドロオドロしくって田舎者の私にはエラソウに見えてしまう。
 だけど、昭和女子大学人見記念講堂は、ホールやロビーがシンプルにしてお洒落。だから大好き。女子大生がウヨウヨいるからという訳ではない。ホントウである。本人が云っているのだから間違いない。
 私、この交響曲の第2楽章アレグロットを聴くと、心、ケタタマシイ時でもウットリ。癒されてホノボノ。究極のアレグロットと言われているそうである。ウン、納得。
 この日は、武原はんの踊りを久しぶりに見ることが出来たし、私の一番好きな交響曲を、一番好きなコンサートホールで演奏されたカルロス・クライバーン指揮で聴くことが出来たし、今年はハナから御機嫌!!! 
 きっとイイことがあるに違いない。さっそく宝クジを買うことにしよう。

 と、思っていたら、またも嬉しいことには、17日にNHKBSで「日本のホーク&ロック大全集」が2時間半に亘って放映された。
 谷村新司とばんばひろふみが懐かしのラジオのDJの雰囲気で司会。出てくるアーティストが昔々の若かりし頃の貴重な映像とあって、見ている私も遠いあの日にタイムスリップしてしまった。
 最後に、リクエストの一番多かった曲が紹介されたけれど、ホント、ビックリ・オドロキ・・・・。なんと、浜田省吾の「もうひとつの土曜日」
 浜田省吾のファンには、ビックリ・オドロキなんて云ったら怒り狂うかもしれないけれど、私は浜田省吾はロックと思っていたし、知っている曲と言えば「二人の夏」と「片想い」くらいで、「もうひとつの土曜日」なんて初めて聞く曲である。
 でも、TVで流れてきた「もうひとつの土曜日」を聴いたら、詩もシミジミ曲もしみじみ。又もや、素敵にビックリ・オドロキ!!!
 ホント、失礼しました。それで、悔い改めてさっそく事務所の女性から、浜田省吾のCDを借りて聴いたところ・・・ウーン、CDを買わずに、ごめんなさい・・・なんと、バラードが凄い!!!
 TVで云っていたけれど、この曲のファンは30歳前後の女性が多いとのことである。「アラサー年代」ということで、ウーン、なんとなく納得。
 エ?、どうして納得したの・・・って?
 だって、この曲の最後のフレーズ聴いてみて・・・・。

   子供の頃 君が夢見てたもの 
   叶えることなど出来ないかもしれない
   ただいつも傍にいて手をかしてあげよう
   受け取って欲しい この指輪を
   受け取って欲しい この心を・・・

 「小倉歩こう会」の1月例会は安全祈願の三社参り。北九州市小倉区にある有名な神社、八坂神社と篠崎神社それに妙見宮にお参りするすることになっている。
 例会は11日。朝起きると温度はなんと4度。ブルブルブル。サムーイを通り越してツメターイ。
 私は男だから冬は大嫌いである。なんたって、冬になるとピチピチプリンの女性もボテボテ化してしまい(但し、和服姿を除く)、ホント、エロ気いっぱいの・・・ン? 失礼、素肌いっぱいの女性は消えてしまうではないか!!!
 でも、温度4度に怖気ずいて初詣に行かないとなると、どうも神様から見放されそうな気がするので
「エイヤ!!!」と気合をかけて行くことにした。 
 集合場所は、八坂神社のある小倉城。夏の歩きには水の補給が大切だけれど、冬の歩きには水の排出が大切である。前期高齢者から中期高齢者と命名された立派なご身分に昇格すると、オシッコ問題は、切なくて心細くてアソコを抱えて駆け出すほどの大問題となるのである。
 私、朝はパンとコオヒイだけれど、コオヒイは「飲むとすぐ出る」マズイ効果があるので、パンと牛乳にする。しっかりと、絞るようにオシッコ、そして振りまくって・・・エーット、振りまくってという意味分かる? ウーン、女性は分からないだろうな。なんたって振りまくるものがないものね。
 集合場所の小倉城内にある八坂神社は、小倉城主細川忠興公が創建されたもので、「無法松の一生」で有名な小倉祇園太鼓が奉納される神社として有名である。
 神社でアレやコレや盛り沢山お願いしたいけれど、お賽銭はなんたって金100円也。ここは謙虚にアレは遠慮してコレだけお願いする。
 私は三社参りの時は、必ずおみくじを引くことにしている。そこで、おみくじを開くと「小吉」。でも、そこはかとなくお色気漂わせる着物姿の美人がいたので、機嫌を直し
「マ、イイか」と梅の木の枝におみくじを結ぶ。
 勿論、ヤルべき事はしっかりとやった後、篠崎神社に出発する。紫川沿いに寒風にさらされ、切なさと心細さを抱きながら約40分ほど歩く。でもアソコを抱えて駆け出したくなるようなこともなく、無事篠崎神社に到着。
 お参りした後、再度おみくじにチャレンジ。すると「大吉」。スッゴイ、良かった!!!
 私は、「大吉」の時だけ、おみくじの内容を読むことにしている。何故だか知らぬが、最初に見るのはいつも「縁談」勿論良縁あり。金運、健康すべて良し。メデタシめでたし目出度し。私は、「大吉」の時はおみくじを信用するようにしているので、今年はきっとバラ色ピンク色!!!
 朝日新聞に載っていたけれど、博報堂生活総合研究所が約3千人を対象に行っている「生活定点調査」によると、「占い・おみくじを信じる」と答えた人は27.9%だそうである。性別や年代別に見ると男女とも若い世代ほどおみくじを信じる人の比率が高く、女性が圧倒的に多いそうである。
 同研究所の関沢英彦さんは「若い人ほど、1種の遊び感覚で信じることを楽しんでいる」そうである。
 ウン、そうなんだ。私はおみくじを信じているから若い人の部類に入るんだ!!! さすが関沢さん、イイことを言う。
  エ? 何? 「でも、信じるのは大吉の時だけでしょ。それってイイとこ取り。ズルイよ」って・・・。
 ウーン、それは大いなる誤解である。私は、お寺の法要には行くし、初詣で神社にお参りするし、Merry Christmas とお祝いをもするし、信じる心いっぱい・・・。
 ところで、境内では私の大好物の「梅が枝餅」を焼く香ばしい匂いがいっぱい。「梅が枝餅」は、福岡県大宰府市にある大宰府天満宮で売っている有名なお菓子だけれど、お祭りなどの時は各地に出店が出る。
 1箱10個入りと書いてあったけれど、1個食べたいと交渉したら売ってくれた。そこで、ホッカホッカの焼きたての「梅が枝餅」を食べる。シアワセ!!!
 これも「すべてうまくいく」と書いてあった「大吉」を信じたお陰であろう。ネッ・・・私の云った本当でしょ。信じるものは救われる。
 勿論、2度目のお勤めをはたして、アソコも心もハレバレと出発。3番目にお参りする妙見宮の途中にある平和公園で休憩。
 公園では、焚き火をたいて、お餅をつきながら盛大に「どんと焼き」。つきたてのお餅や私の大好きな「ぜんざい」も売っていた。「ぜんざい」1杯100円。安いうえに甘くって云うことなし。オイシイ!!!
 これも、「大吉」を信じたお陰であろう。ネッ・・・私の云ったこと本当でしょ。信じるものは救われる。
 妙見宮には、12時に到着。妙見宮は和気清麻呂が足の傷を治したという伝説で有名な全国妙見総本宮である。
 本宮の前で、「小倉歩こう会」の参加者59名うち揃い、今年も無事に事故もなく歩くことが出来ますようにと、安全祈願のお祓いを受けた後、お神酒を頂く。みんな小雪の散らつく中のお祓いだけれど、晴ればれ。
 今年の三社参りは、アソコを抱えて駆け出したくなるようなこともなく、和服姿の美人にも会えたし、「大吉」も引いたし、お陰で大好きな「梅が枝餅」や「ぜんざい」も食べたし、安全祈願のお払いも受けたし、めでたし目出度しのオンパレード。
 きっと今年もイイことあるに違いない。
 そして 皆さんにも、沢山うれしいことがありますように・・・。 

カレンダー

| コメント(0) | トラックバック(0)

 でも、なんたってお正月ですから、とにもかくにも

 明けましておめでとうございます

 ジャンボ宝くじに当たらなかったあなた、初日の出を拝めなかったあなた、初詣で小吉しか出なかったあなた、折角着物を着て初詣に行ったのに雨に降られたあなた、ウン万円の福袋を買ったのにお気に入りの物が入っていなかったあなた、今年の運勢占いに「ご用心と」と書かれていたあなた、

 今年はブルーな予感がするけれど、ポケットは貧乏でも、心は貧乏にならないように生きてゆきたいものです。
 
 そう、なんたって生きているんですから・・・。
 ほんのチョッピリだけど、それでも夢を持って生きているんですから・・・。


     カレンダー     おぞね としこ

   新しいカレンダーは
   この1年
   私に起こる出来事を
   何もかもみんな知っているようで
   なんだかとってもこわいけど
   やっぱり私は壁にはります

   だから せめて
   1日に1度ずっでも
   うれしいことがありますように
   素直な心が持てますように
   やさしいものが見えますように

   悲しみや苦しみは願わなくても
   いつもこの手に余るものですから・・・・


※ 小曾根俊子ーーー重症の脳性マヒの詩人。2005年3月51歳で逝去。詩集「愛は藍色」による一色愛子作曲の合唱組曲「詩集"愛はあい色"より」は、第3回わたぼうし音楽祭で大賞を受賞した。


 《 このホームページの「不動産コンサルタント」の業務案内・ご挨拶の頁の末尾に私の今年の年賀状を載せていますので、是非読んでください。》

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち風に吹かれて 2009カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは風に吹かれて 2008です。

次のカテゴリは風に吹かれて 2010です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。